豊島与志雄の再評価、「ウェブと幽気」



豊島は小説「都市の幽気」の中で、山には山の、村には村の、都市には都市それぞれの「幽気」が存在していると語っている。
これは「場」に、それぞれの霊的な力が働いているという、明らかに心霊主義的な発想である。
実際、この今はほとんど注目されていない作家は、作中で「幽霊」のような、「影」に遭遇し、はてはその不気味な姿を夢にまで見るようになる。
発端にあるのは、失恋によるノイローゼと深い虚無であるが、これはどこか『ねじの回転』における、心理学的なアプローチと通低している。
文学において、「幽霊」を見るようになる人物が共通して「失恋」などの人生における深い精神的衝撃から立ち直れないでいる状態にある、という点は興味深い。

豊島のいう「場にはそれぞれの幽気がある」という着想に依拠すれば、ウェブ2・0期を生きる我々にとって、「インターネットにはインターネット特有の幽気が存在する」という考えに自然に辿り着く。
この、ネットの幽気、という先鋭的なテーマを映画化したのは、日本が誇る巨匠黒澤清の『回路』が、まだ新しい。
この作品は、既に私の中では古典的傑作として位置づけられているが、その最大の理由は、「電脳」世界のマリオネット的な主体性から生じる特有の「幽霊的虚無」を、虚ろに電子化されたshadow(残影)として演出した点にある。
『回路』では、ネット世界に魂を埋没させた主体の辿り着く末路として、豊島の掌編にも登場するような「幽霊」が存在する。
この映画で登場する図書館に出現する幽霊に、主演の一人である加藤晴彦が遭遇する奇々怪々なシーンが存在する。
ここは、私が豊島の描いた「幽霊」を読んでいる時にイメージしたshadowそのものとして描かれている。

重要なのは、時代がどれほど進んでリアルとバーチャルが互いに心地よく結合し、ネットが最早知的ツールとして必要不可欠になった時代であったとしても、「幽霊」のテーマがそうしたメディアと結合する点だ。
幽霊はどこにもで顔を出すわけではない。
彼らは、注意深く観察すれば誰にでも判るだろうが、「メディア」にしか出現していない。
我々が読んだ豊島の掌編は、グーテンベルクの編み出した活字メディアの最たるものであり、黒澤の『回路』の映画という大衆的なメディアである。
「心霊写真」も、「写真」が登場してからしか出現していないのであり、映画『着信アリ』も、やはり「怪奇的現象」を携帯電話という文明の利器と「結合」させた結果、生まれた作品であるという点で共通している。
こうした例から判るように、我々が遭遇する「幽霊」というものは、「メディア」の産物に過ぎない。
そして、これが「幽霊」の本質である限り、技術がどれほど先鋭化されても、それは顔を出すのである。
デリダは「幽霊」について、それが「現前しない」ものでありながら、今そこにあるものに「痕跡」として現れているもの、として定義している。
「幽霊」の概念は、「痕跡」の概念と姉妹関係を持っている。

豊島を、新しい時代に相応しい「幽霊」作家の系列として考えることは可能なのだ。
豊島の画期的な点は、「場」と「幽霊」を結合させて考えた点にある。

豊島の描いた主人公が幽霊を見たときの心理状態は、「晩になると外に出かけて、夜遅くならなければ帰ってこれないような習慣」を持っている、という説明にもあるとおり、既に主体が「幽霊化」されているのである。
デリダのデカルト的な主体性の定立表現を借りれば、「我、憑かれて、あり」とでもいうべきであろうか。
幽霊を見る人間が、自分でも気付かないうちに幽霊のような生活をしているという関係は興味深い。
幽霊というのは、いわば自分自身の影でもあるのだ。
すなわち、我々が見ている世界というのは、実は我々の「意識」から構成されている産物であり、そういう点では世界というのは単数ではなく、個人の数だけ存在する数多的世界観から構成されている。
一つの世界に、複数の世界観、という定式はフッサール現象学における「現象学的還元」の操作を経た上で辿り着く重要な帰結の一つである。

幽霊と場――これは今後も非常に重要な文学的テーマであると同時に、哲学的、メディア論的テーマでもある。
我々が「幽霊」を描くのは、それが我々自身の「何か」を慰安しているからである。
一度死を経た自分の鏡像を可視化する操作、そこに我々は一種の奇怪な愉楽を見出すのである。

※豊島与志雄(とよしま よしお、1890年(明治23年)11月27日 - 1955年(昭和30年)6月18日)は、日本の小説家、翻訳家、仏文学者、児童文学者。法政大学名誉教授。明治大学文学部教授もつとめた。日本芸術院会員。