光/世界/祈り

 Ⅰ「わたしはかわく」
 
 島国の教会は、静かな雨に包まれていた。イスラマバードの神学校では、その頃、銃撃戦が起きていた。武装したイスラム教徒の神学生が宗教施設に立てこもったのだ。彼らはパキスタン陸軍特殊部隊に銃撃され、約四〇人が死亡した。ムシャラフ大統領は、残りの武装神学生たちにこう警告した。
――投降しなければ殺害する。
 「汝の敵を愛せ」と告げた主イエスが涙を流している。事件は二〇〇七年七月初旬のことだった。
 同じ七月下旬、アフガニスタンで韓国人の医療支援スタッフが人質になった。武装勢力タリバーンはリーダーだった牧師を殺害した。彼の妻は、メディアの取材に対し、ただ「もう一度だけ会いたい」と告げた。各国のイスラム組織は、タリバーンの非人道的な行為を糾弾し、「イスラム教の原則に反する」という声明を発表した。
 「汝の敵を愛せ」と告げた主イエスが涙を流している。
 僕は日本で生きている若者の一人だった。世界でこれほどの血が流れているさ中、僕は教会で祈ることしかできないのである。世界ではバベルの塔の建造が各地で進行しているようだ。際限のない生命の奪い合いが続き、大地は血で覆われている。第二次世界大戦が終わり、まだ一世紀も経過してはいない。二十一世紀を歩む僕らは、世界といかに対峙すべきなのだろう。
 この七月から、僕は教会に通い始めた。日曜日のミサ聖祭に参加し、終わったらシスターさまとカトリック要理を学ぶのである。やがて八月に入った。初旬、広島の平和記念日、ついで長崎の平和記念日がある。広島で活動を開始するシスターさまに、僕は別れ際に一輪の白バラを贈った。
――わあ、嬉しい。綺麗ですね。ちゃんと水をあげなくっちゃ。
 シスターさまは少女のように瞳を輝かせて喜んで下さった。僕は大きな安らぎを抱いた。僕に教会を教えるシスターさまは、城崎という姓である。僕はいつも「シスターさま」と呼んでいる。他の年輩のクリスチャンの方々は、「シスター」、「シスターさん」「城崎シスター」などと呼んでいる。自己紹介のとき、道子という名前であることを知った。城崎道子Sr、洗礼名はマリアで、堅信礼のときに下にテレジアを付けたと、話しておられた。僕が教会に通い始めて、「心が穏やかになってきたように感じます」と告げると、シスターさまは、「嬉しく思います」といって、聖母マリアさまのように微笑したのだった。
 平和である。この国の教会には、おそらく全て屋根がある。キリスト教関連の児童書が置かれている小部屋で僕はシスターさまに、ミサ後の教えを乞う。その小部屋の壁に、銃弾の痕跡がびっしり刻まれているわけではない。教会のメンバーが、先日爆撃で右足を失ったというおぞましい災いが現在を支配しているわけではない。平和である。きっちり種蒔きをすれば、きっちり刈り入れることが可能である国家、それが日本である。だが、少し世界を見渡せば、そうではないのだ。蒔いた種が、常に何者かに紡ぎ取られるのである。そして、畑そのものが、焼き尽くされるのだ。日本の教会で祈ることは、常に世界に対して喪に服して祈ることだ。だから、僕はどんなに辛い日が襲っても、祈りだけは忘れない。世界は焼き尽くされている。僕らは世界の流す涙を拭い、喪に服して祈らねばならないのだ。世界史とは、そのたびごとに常に受難史なのだ。
 僕は印刷会社で働いている。製本室だ。ここにも仲間がいる。働くことは、同じことの繰り返しではない。差異を孕んだ反復である。僕が製本室で、最も関心を抱くのは、人間の声だ。声は素晴らしい。声という現象は、常に神学的な命題を担っている。「おはようございます」「おつかれさまでした」なぜ、これらの声は反復されるのか。反復される声には、何かそれだけの意義がある。有史以来、おそらくこれほど反復され続け、またされるであろう声は存在しない。すなわち、こうした何気ない挨拶の声に、神は遍在するのだ。「おはようございます」、これは人間の誕生という出来事の変奏である。「さようなら」これは死の変奏である。毎日、人間は生まれ、死んでいくのだ。新しい人が、古い人の皮膜を打ち破って、つまり脱皮して、世界を歩き始める。声を、僕は常に神学的に解釈する。
 平日は、このように仕事が占めている。七日のうち、六日は労働である。これは、僕がアダムの子孫であることの証明である。なぜなら、アダムは労働苦という原罪の一様態を担っていたのだから。僕が些細なことに苛立ったり、或いは隣人を哀しませたり、自分を過度に賤しめるような自虐的なことを考えたりする、これらは全て、原罪の多様な様態、変奏である。僕は裸体の美しい女性に欲情する。僕は隣人を傷付ける。僕は隣人を憤慨させる。また、隣人も僕をそうする。不完全であること、常に父なる神を希求することで、「今の自己」を内省することができること、これこそ、人間が原罪を担っている証しなのだ。原罪に対して、了解を持ち、責任を担わねばならない。これを、僕は原‐罪に対し、「原‐責任」と名付けたい。ラテン語で、「causa debitum」とする。causaは「原因」「~の原因で」を意味する女性名詞である。他方、debitumは中性名詞である。エデンの園において、最初に原罪を担う端緒を造ったエバが原因となって、責任がアダム、エバという夫婦に与えられる。これが「原‐責任」(causa debitum)の意味内容である。エデンにおいて原‐罪が生起したのであれば、同時に原‐責任も生起しなければならないはずである。責任の起源は、ここにこそある。
 その夏、市立図書館で僕はある少年と出会った。彼は僕が暮らす街の中学生で、受験生だった。彼は背に大きな緑色のリュックを背負っていた。それは異臭を放っていたが、係員の者は指摘しなかった。たまたま、僕と彼が同じ本に手を伸ばしたので、質問してみたのだった。
――弁当が中で腐ってないかい?
 すると、彼は微笑を浮かべた。この時、僕はその微笑が、誰かに似ていると思ったが、明確に意識の裡で言語化されはしなかった。今思い返すと、この少年は、レオナルドのあの《洗礼者ヨハネ》の微笑を反復していたのだ。だが、それは呪われていた。
――ああ、猫の首ですよ、と少年は平然と返したのだ。僕は「へっ?」といって、今の言葉を疑った。
――一週間に一度、日曜日の朝にこうして猫を殺して、その生首をリュックに入れるんですよ。殺した後に図書館で聖書を読んで、いいところまでいくと、適当に公園とか校門に飾るわけです。あの、ぼく、何か悪いことしてますかね?
 僕は衝撃に襲われていた。それは痛ましい雷撃のように、僕の魂を拷問的に炸裂させた。少年が悪魔に見えた。しかし、僕は信じられなかった。まだこの時は、悪戯だと信じたかった。
――もしも君が本当に首を入れてるなら、今すぐ俺と一緒に警察へ行こう。今なら、まだ君も立ち直れる。
 僕がそういうと、彼は「ほぉらぁ」といって、リュックを開いたのだ。そこには、可哀想なほど打ちのめされ、滅茶苦茶に傷付けられた仔猫の頭部が、ビニール袋の中で石のように沈黙していた。僕は不意に涙を流した。憤りと、この場から去りたい!という、本能的な恐怖感が襲った。
 猫が一匹死んでいたのだ。その猫は、頭部と胴体を切断されて殺されているのだ。そして、その猫を絶命させた行為者が、眼前にいるのだ。彼は兇悪な武装集団の頭目でも、死刑執行人でもない。彼は、そこかしこで見かける平凡な中学生の一人なのだった。そして、猫の頭部をリュックに入れて保管しているという、異常な行為に、微笑という異常な表情を見せ付けてくる彼が、僕には正真正銘、悪魔に思えたのだ。神は唐突に、僕に巨大な脅迫の陣を敷かれたのだ、そう思った。思わざるを得なかった。
 おそらく、僕は避難すべきだった。彼が、大いなる災厄の元凶に思えたからである。しかし、「聖書を読む」という共通の行為が、僕の足を踏み留めたのである。僕は、少年の話を聞かねばならないと強く感じた。それは決意だった。否、おそらく今後、クリスチャンとしてこの世界を生き抜く者としての使命感であろう。彼の闇を、この耳で聞かないことには、僕は立ち直れない気がした。それは予感である。自己に対する予感を的中させるのは、自己である。この場合、僕が何らかの闇に引き込まれる契機を造るのが、今後は常に彼と、彼が殺した仔猫の頭部になるような気がしたのだ。そして、それは差し迫った未来だった。
――なぜ猫を殺すんだ?
 噴水のある公園で僕は彼にそう迫った。噴水の周辺では、無邪気に数人の少女が戯れていた。それは、怖ろしいほど美しくて平和な光景だった。全てが凍り付いていた。僕と彼は、ベンチにいた。
――殺す、っていうか、正確には「壊す」ですね。壊す、つまり、オモチャを壊すみたいに破壊する感覚なんです。ぼくは聖書が好きで、特に創世記をよく読み返します。聖書を読むっていう行為と、同じようにぼくにとって、猫を壊すっていうのは日常的な習慣なんです。
 少年犯罪をメディアが伝えるとき、頻繁に「ゲーム感覚」という言葉を用いる。僕は彼が、そういった観念を自ら背負い込んでいるように感じた。僕の嗅覚が、そう彼を嗅いだ。
――君は大き過ぎる罪を犯した。この仔猫の命の重さについて、考えなさい。
 僕はそう説教調で告げた。僕は絶対に、この時、青年神父にならねばならなかった。たとえ演技であれ。
――商品ですよ、これは。たぶんペットショップで二十万も払えば何匹か手に入るでしょ?ぼくは人間は殺しません。事件になったら嫌ですから。でも、動物ならどんな残酷な処刑をしてやっても、何もいわないし誰にも見つからない。他のクラスメイトもやってますし。別に今に始まった遊びじゃないです。
――違うな、と僕はいった。命あるものは、全て貨幣のような価値の概念には帰属しない。その仔猫の命の重さは、その仔猫自体をもう二度とこの世界に蘇生させることができないことにある。君は世界を蹂躙したんだ。俺は赦さない。
――おかしいな。神は地上を這うもの全てを支配する役割をぼくらに与えたというのに。生かすも殺すも、こと動物に関してはぼくら次第。違います?
 僕は彼を睨み付けた。このような少年は、打ちつけられなければ悟らないとでもいうのか。
――君が三千億の大金を生涯に渡って稼ぐとする。でも、まだ足りない。君が三千兆の大金を生涯に渡って稼ぐとする。でも、まだ足りない。無限に重いものとして、命は到来するんだ。
――理解できない。オモチャですよ。
――オモチャじゃない。君は何様のつもりだ?アウシュヴィッツの当時の監視官の台詞でも真似ているのか?
――オモチャですよ。何度でもいいます。これはオモチャ。
 僕は彼の右の頬を殴りつけた。彼はベンチから倒れ落ちた。そして、興味深そうな眼差しで、僕を地面から見上げた。
――あなた、クリスチャンですよね?発言でわかります。今のあなたの暴力で、もしも僕が死ねば、どうするつもりですか?
 僕は彼が狂っていると、その時思った。彼は笑っていたのである。
――墓を作らねばならない。君は素手で、君が命を奪った仔猫の頭部と、胴体を土に返すべきだ。君は喪服を着なくても、せめて墓を作って、埋葬すべきだ。それだけの最低の責任がある。
――ぼくは墓を作りません。
――墓を作るだけじゃない。君は日本人だろう?動物虐待は犯罪だ。法律によって、君は裁かれる。君は犯した罪の代価として、罰を与えられる。それを担うのが責任のはずだ。
――ぼくは裁かれません。
――俺が警察に君を届けないとでもいうのか?
――ぼくは命など知らない。
――俺と墓を作ろう。君がこれを最後に、もう二度と同じことをしないならば、俺は君を警察には届けない。君は、常に仔猫のために祈らねばならない。
――ぼくは祈らない。
――そうでなければ、君は地獄へ堕ちる。君は聖書を読むならば、キリスト教神学にも多少の知識は持っているはずだろう?君は地獄という場所がどれほど凄まじい苦痛に満ちているところか、知らないわけじゃないはずだ。
――この世界が既に地獄です。
 またしても、僕は憤慨を覚えた。激しい憤りの嵐を。世界が地獄であるならば、なぜそれに加担するのか?なぜ光ではなく、闇のみを見出そうとするのか?光あるところに、闇が潜んでいるのか。闇とは、常に光から到来するものなのか。
――君は喪に服すべきだ。今、それが君にできなくても、君はいずれそうするだろう。君にも母親がいるはずだ。
 少年はしばらく沈黙し、首を傾げていた。そして、直後、二度と僕にとって忘れられない衝撃的な一言を、告げたのである。不意に見せた、崩れ果てたような泣き顔で。
――主よ、ぼくに向かって祈れ。

Ⅱ「瞼を開く、うっすらと」

 僕には濁った水中で、車輪を見つめているイメージがある。それは少年時代、僕が溺死寸前で母親の手に助けられたという経験に由来する。車輪は自転車のものである。それには藻がこびりつき、深い緑黄色を帯びて揺らめいている。そういった暗い樹海のような池の中で、突如、水上から母の手が差し伸べられる。それは光の到来として、常に僕とキリスト教を意識的に結び付ける要素なのである。暗闇の中で、僕よりも大いなる存在が、光の救済を投げ放たれること。これこそ、僕が主イエスの道を信じる最大の因子である。その時、母親は弟を抱いていた。それは左手だったのか、または右手だったのか?ミサ聖祭における、祈りの合掌の仕草で、常に右手の親指が左手の親指の上に来ることには理由がある。左手は、悪魔を意味すると、僕は同年代のある女性信者に親切に教えられた。左足で、悪魔を踏み付ける聖女の絵画も存在する。対して、「全能の父である神の右の座に着き」と使徒信条にあるように、右は聖性のシンボルである。
 母は、弟を、おそらく左腕で抱いていた。そうでなければ、一人の少年の重さを右手一本で担うことはできないはずだ。しかし、仮に右腕で抱いていたとしたらどうだろうか。これは、おそらく母も記憶していない。だが、このことは僕にとって、巨大な意味を持っているのだ。もしも母が左手で僕を死の淵から掬い上げたのだとすれば、僕は聖性のシンボルではない左という、闇に属する側に救済されたことになる。常に、光が僕らを救うとは限らない。ある時には、闇なるものが僕らを逆説的に救済することもあり得るのではないか。確かに、母親が救った手が右か左か、とあれこれ思案することは、ある一つの本質的なことを忘れていることであろう。つまり、僕は結局のところ、母親によって溺死を免れたわけである。母親は、こうして僕の中で信仰的な母性へと変容する。そして、教会という言葉は女性名詞である。教会に僕が大きな安心感を抱くのは、この体験に来歴がある。主イエスと同様に、僕は全ての聖人の中で最も大いなる位を担う聖母マリア、神の母を愛する。
 僕は無音の暗い池で、宇宙の孤独を感じている。傍には死が迫っている。そこに、泡立つ水面から突如、白く大きな女性の手が現われる。この手は、聖母マリアの御手に他ならない。これは、僕の中の最初の「ピエタ」なのである。
 「水の中のピエタ」が僕にとって、キリスト教への最初の伏線であるならば、第二のそれは幼稚園時代に出会った北上君である。彼は僕に、「イスカリオテのユダ」という言葉を最初に口にした人間だった。穏やかで、内部に少年イエス的な信仰心と理性を宿し、博識だった。彼は幼稚園の頃、僕に「きみは最初のともだちだよ」といった。アルバムには、滑り台を二人で駆け下りる写真が収められている。中学時代になって、僕は北上君と成績面における宿敵となった。僕は私立のカトリック系男子校へ、彼は公立の進学校へ進んだ。おそらく、僕にとっての最初の「ともだち」が、北上君であるという事実、これこそ、僕と主イエスを繋ぐ第二のシグナルである。なぜなら、彼もやはり信者だったからだ。しかし、彼が幼児洗礼を受けたクリスチャンなのか、プロテスタントなのか、それとも他の分派なのかはわからないのである。彼との交友は、中学を最後に途絶えたからだ。彼が現在、彼の母親とエホバの証人のメンバーとして活動しているということは知っている。そのことを、僕は母から知らされたのだ。幼稚園時代のクラスメイトの母親から、彼が高校で不登校になっているということも知らされた。その頃、僕もやはり学校に通うことに苦しみを抱いていた。僕はニーチェを読んでいた。彼は何を読んでいたのだろうか?彼は、どのような思想的変遷を経て、現在に到るのだろうか。いずれにせよ、主イエスを中心にした人間が、常に僕の傍にはいたということである。そして、今の彼と、僕は、再び強い絆を築けるだろうか。だからこそ、僕は彼との再会を願うのである。彼に、僕はもしかしたら傷付けるようなことを知らずにいったかもしれない。繊細な彼は、それに心を乱されただろうか。僕と北上君こそ、信仰がまだ始まる以前の、揺籃期の盟友である。そして、彼は常に聖書を学んでいたはずだ。それが、僕には知りえない、彼の奥深さだった。そして今、僕らが出会うとすれば、そこでいかなる対話が展開されるのだろうか。僕は友として、彼と解り合いたいのである。
 僕の高校時代は、カトリックの空気に既に満ちていた。そして、僕は学校に行くことを怖れ、哲学書を読み耽っていた。最大の出会いは、やはりニーチェである。廊下を流れる讃美歌、黒板の上には「世の塩、地の光」の言葉、校門の傍には教会、神父像、そして校舎の最高の地点で学生を見守る聖母マリア像……全ての学校生活を飾る光景が、主イエスとの接点である。毎週一度、宗教科では現役の神父さまの授業を受けた。「神の似姿としての人間」について、「砂漠」について、「十戒」について、「隣人愛」について…。それらを僕はメモし、大切にしていた。全員に渡された新共同訳聖書には、赤線が沢山入った。僕は聖書という、世界最高の普遍的書物を愛していた。
 忘れられないのは、漢文の教師の愚かな体罰だった。この男性は、仏教徒だった。なぜ仏教徒の教師が、カトリック系の高校に入るのか、僕にはわからない。異教徒をも受け容れる母校の教育理念を誇るべきなのか。しかし、この教師は、態度が気に食わないのか、与えられた課題をその生徒がこなさなかったのか、彼を殴りのめしたのである。本当に、頭から血が噴出すほど殴っていた。僕は胸が張り裂けそうだった。そして、僕は仏教に対し、大き過ぎる野蛮なものを感じたのである。それは、現在の僕にも受け継がれている。日本には、圧倒的に仏教徒が多く、また寺社も仏教のそれである。仏壇、お盆休み、お経、地蔵、こういった、僕らにとっての異教的なものは、全て偶像崇拝の対象のように思えるのだ。仏教それ自体が悪いわけではない。ただ、僕は仏教美術に全く、何の関心もないし、仏教の思想にも、寺院にも、いかなる安らぎも見出せない。僕がひたすら愛するのは、主イエスの御言葉と、信仰共同体としての教会のみである。高校時代の、この体験は、神が僕を主イエスにのみ向ける、大いなる召命である。仏教徒、仏教的なもの、そういった異教に対し、僕は常にそこから隠れ、主イエスの愛の盾で武装せねばならない。これこそ、信仰の盾である。いわば、高校時代に、僕は異教徒が取った凄まじい愚かな蛮行から、逆説的に真の人類の思想としてのキリスト教に覚醒したわけである。
 そして、僕はニーチェを読んでいたのだ。つまり、当時、僕は純粋にカトリックの教えを愛していたわけではなかったのだ。むしろ、僕はニーチェに恋焦がれていた。キリスト教を糾弾し、神の死を宣告した彼、神なき世界において、超人なる概念を創出し、力について思考した一人の哲学者を、深く読んでいた。無論、この力は、差異と反復を生み出すエネルギーとして考えられるべきだ。しかし、僕は彼の悲劇を愛していた。そういうものに、惹かれることこそ、高校生の特権なのだ。そして、ニーチェを出発の扉として、西洋哲学の無限に豊かな世界へと旅立っていったのだった。
 このように、僕は道を辿ってきた。それは常に、主イエスへと繋がった道であった。高校を卒業した最初の夏休みで、フランスの古い教会を巡ったことも、その道の大切な過程である。この陽光に溢れた旅で、僕は最後にモン・サン・ミシェル大教会へ到着した。いわば、旅の最果ての教会である。最上層で、僕は湿原を照らす神的な黄昏の陽に感動した。僕はここで、遂に天空の現象としての神が、ハイデガーがいうようにけして雷雨や稲妻といった荒々しいものではなく、新世界の創造を期待する夕陽であることを悟ったのだ。神の現有は夕陽である。ニーチェは、きっと曙光というだろう。しかし、僕はあえて、夕陽といいたのである。なぜなら、モン・サン・ミシェルでのあの素晴らしい夕陽は、十代最後の年齢に属していた当時の僕にとって、文字通り、主イエスそのものだったからだ。旧約が終焉し、新約が開闢する、その最後の輝きとして、主イエスが産声をあげられる。荒廃した世界に、最後の別れを告げつつ、やがて到来する光の新世界へ、眼差しを向けるのだ。
 そして、僕は二十一歳になるのを前にして、教会で祈りを捧げ、洗礼式に備えて真剣に学んでいる。聖書を読むことこそが、真の学びである。聖書は無限に豊かな思想の海である。聖書を擬人化することなどできないが、もし可能であれば、それは間違いなく神となる。すなわち、聖書とは神の書として、最高位に属するのである。
 自分の過去の記憶を、全て聖書との連関で捉え直すことが何よりも大切である。そうすると、全ての出来事が、主イエスと繋がっていることを知るのだ。僕が思い出したこれらのことは、どれも本質的なもので重大なものである。しかし、一見瑣末に思えるような記憶でも、全て主イエスと繋がりを持つ。過去を怖れることは、こうして不可能となる。どんな苦難に敷かれても、今、こうして平穏に想起することができているという事実、これこそ、神が常に僕らをかえりみられておられる証しなのである。だからこそ、神を讃美し、神を愛せよ。主イエスは、褒め称えられよ。過去を想い出すことは、ある者には戦慄かもしれない。しかし、神は常に僕らに慈愛を向けて、光をお与えになって下さるのである。過去は恐怖でも、日本文化の負の財産である恥でもない。それは、常に赦された救済の光である。僕の過去は、全て救済の符牒を孕んだ、神の御業である。そのように考えると、僕は必然的に、過去を構成する因子の最大のものが、隣人であることに気付くのだ。そして、隣人が神の救済の礎であるならば、隣人愛とは、常に本質的に神への愛である。聖アウグスティヌスのいう「聖愛(カリタス)」である。こうして、僕は神を隣人に見出すのだ。これが倫理である。そして、僕らはそういった愛の教えを、学ぶのである。そして、祈りを捧げるのだ。新世界へ向けて。
 
 Ⅲ「雄羊」

 僕がこのように、眠る前に考えても、災いのイメージが常に意識を襲撃した。仔猫の頭部である。あれ以来、僕は少年と再会してはいない。もしも信仰による教えを披瀝することで、ある大切な仲間を救うというならば、それは無信仰の彼にとって、どのように響くであろう。もしも大切な親友が、仏教徒であり、彼が受難に敷かれていれば、僕は仏教、キリスト教という差異を超克して、共通の救いを彼に声として投げ放たねばならないだろう。真のキリスト教が始まるのは、おそらく宗教的差異を止揚する、まさにその瞬間ではないのか。仏教徒に対して、僕は主イエスの声を、彼を愛する者として、それを内部化して放つべきだろう。その時こそ、僕は異教徒に対する寛容さ、謙虚さ、紳士的な礼節というものを試されるはずだ。
 しかし、頭からあのおそるべき光景が離れない。殺人が不可能であれば、動物を殺すことも不可能ではないのか。しかし、僕は肉を食べる。それは屠られた動物の肉である。関与しているのだ。アブラハムとイサクの挿話を考えよ。アブラハムは神の命令で、愛する息子であるイサクを全焼の供儀に捧げようとした。しかし、神はアブラハムのその信仰の強靭さに対する愛の見返りとして、愛する息子イサクを逆に返したのである。アブラハムはイサクを捧げることに苦悩していた。だから、この時、息子を再び与えられた彼は、神の御業の恵みの奥深さに心打たれただろう。しかし、僕が考えているのは、ここではない。この次にアブラハムが取った行動である。それこそがホロコースト(犠牲)である。「アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす捧げ物としてささげた」とある。息子の代わりに動物を犠牲にしているではないか。そして、ここにアブラハム―イサク的な二重の贈与関係はない。雄羊は、焼き殺されたのだ。しかし、雄羊は神への愛として捧げられた。神は、この場合、アブラハムを祝福しているので、犠牲としての雄羊を愛する。神は、このアブラハムが行ったホロコーストを、祝福する。だが、雄羊は焼き殺されたのだ。それは常軌を逸した激痛であろう。無論、雄羊にはそれを言語化する能力も、人間のように思考する能力もない。だが、彼もやはり、世界に生きている。人間が、動物たちを支配する者として創造されたのであれば、動物を食用のために屠ったり、犠牲として神に捧げることは問題ではないのかもしれない。しかし、僕は腑に落ちない。雄羊にも、やはり家族があるではないか。この雄羊にも父親がいるはずではないか。このアブラハムとイサクの挿話は、僕にとって極めて問題的であるがゆえに、それだけ示唆深いのである。
 
 外へと
 堀り出ては去っていく
 黒い星座の群れを抱いた
 大きな、灼熱する円蓋――

 雄羊の珪化した額に
 ぼくはこの像を焼きつける、
 角と角の間に、そこに
 螺旋形の歌の中に、
 凝固した
 心の海の髄が膨れる。

 かれが
 突進していかないものが
 あるだろうか。

 世界はなくなってしまった。
 ぼくはお前を担わなければならない。

 これはホロコーストを主題にしたツェランの詩だ。アブラハムとイサクの挿話を読んだ上で、この詩を読むと、雄羊が何を表しているかが判明する。つまり、ユダヤ人である。ユダヤ人たちは、ただユダヤ人であるという理由だけで、繰り返し迫害に合ってきた。アウシュヴィッツの受難において、それは神の死の到来を告げた。この詩における雄羊は、ホロコーストに合ったユダヤ人たちである。「かれが突進していかないものがあるだろうか」、彼らは逃げ隠れできるだろうか、暴力から。彼らの無念が、未来に風化するなどということが赦されるだろうか。ツェランはそれらを見て、いう。「世界はなくなってしまった」と。これが、現代が喪に服して祈らねばならない最大の意味なのである。「ぼくはお前を担わなければならない」のだ。
 僕が属している教会で、ある日勉強会をする催しが起きた。テーマは「主イエスの受難」であった。勉強会主催者であり、僕が尊敬している浅野節子さんは、この日のためにある画家の極めて重要な絵画を準備して下さっていた。それはミサの後に、静かな会議室で行われた。出席者は十五人ほどいた。
――皆さん、これはマティアス・グリューネヴァルトの《イーゼンハイムの祭壇画》です、と節子さんはいつもの慎み深く優しげな澄んだ声で語り始めた。私たちがこれから行う勉強は、「主イエスの受難」に関するものです。それを学ぶ上で、このドイツ・ルネサンス期の画家の祭壇画を用いることとします。
 節子さんは、新しく仲間に加わった僕を、温かく迎え入れてくれた女性だった。僕は最初の勉強会で、「ヨブ記の受難について」節子さんと討論をした。その時、僕は節子さんの聖なる美しさ、内面から溢れ出る慈愛、亡くした家族を想う祈りの心に、胸を打たれた。そして、節子さんに自分でも愕くほどの、強靭な愛を抱いた。
 メンバーには、小冊子が配布された。それは、マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネそれぞれの福音書記者が綴った、主イエスの受難に関する部分である。勉強会は、隣の人と討論する、という形式で進行する。それを取り纏めるのが節子さんだ。この日、僕の隣には三木志穂という、十八歳の女性が座っていた。
――ヘブライ語で「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と、主イエスは磔刑の時に叫びました。これは「わが神、わが神、なぜ私をお見棄てになったのですか」という意味ですね。これは、常に全能の父なる神を傍にして語っていた主イエスの力ある発言とは、一見して相反するものです。これは、悲痛な叫び、無念、絶望に襲われた者の口から聞かされる声なのです。主イエスの愛弟子であった聖ヨハネは、こういった磔刑時の苦痛に触れていません。むしろ聖ヨハネは、彼の福音書を他の福音書記者のそれとは異なるもの、異質なテクストとして綴っています。他方、マタイは、主イエスの痛みの叫びを克明に綴った。ここには、一体どのようなことが隠されているのでしょうか?皆さん、考えてみましょう。
 三木さんは、どこかムッとした表情をしていた。彼女は何か不満があるのか、誰かに嫌々出席を命じられたのか、怒ったような顔をしていたのだ。それとも、このようなテーマの勉強会が、感覚的に合わないのだろうか。ともあれ、僕は彼女と討論する必要があった。
――貴女はセザンヌとか、モネのような明るい画風が好きですか?と、僕は笑顔で質問してみた。すると三木さんは、「ええ。グリューネヴァルトはちょっと怖いんです」といって、微笑を洩らした。
――僕も、これほど苦痛を与えられた主イエスの表情には、驚愕するものがありました。でも、もしも仮に主イエスが、磔刑に処されず、ナザレに帰って家族や弟子たちに囲まれながら平穏に長寿をまっとうしたのだとしたら、どうでしょうか?
――だとしたら……えっと、キリスト教は存在したでしょうか。
 三木さんのその大胆な発言に、すぐ隣の老人がギョッとした目を向けた。
――カール・バルトという神学者をご存知ですか?
――ええ。プロテスタントの神学者でしたよね?
――はい。彼が『ローマ書講解』の中で、「イエスは既知の平面を切断する面である」というようなことをいってました。これは非常に興味深い発想だと思うんです。バルトによれば、主イエスが生存した肉的な時間は、受難と、三日後の復活において、永遠の平面と合一するわけです。これは空間図形的に考えれば面白いと思うんですけど、主イエスは面なわけです。その面が、既知の平面から隆起して、永遠の神の領域に接近していく…。
――その隆起しているのは、どのようなモデル図として把握すれば?
――円と直線でもいいんです。円は神、直線は地上です。この直線から、垂直に新しい矢の線が隆起する。この矢が、円まで届くわけです。その接点が、イエス・キリストの復活です。つまり、受難がもし起こらなければ、復活もなかった。それはグリューネヴァルトが描いたように、人の性としての苦痛、激しい痛みです。グリューネヴァルトの偉大さは、この人の性としての受難と、初めて正面から対峙したことにこそあるのではないでしょうか。
――地上において、主イエスは未だイエス・キリストではなかったと解釈するわけですか?
 僕は三木さんのその極めて鋭い質問に愕いた。
――いいえ。そうではありません。主イエスは、おとめマリアの無原罪受胎から御生まれになられた。使徒信条にあるとおり、聖霊によって御生誕されたわけです。ですから、主イエスは生まれながらに神の子です。それはバプテスマのヨハネも預言していた通りです。彼は初めから神の子、私たちの主です。
 僕はそう語った。三木さんは、終始僕の発言の質問役なのだろうか。
――皆さん、と節子さんが注意を促した。この《イーゼンハイムの祭壇画》の「キリスト磔刑」には、ミサ聖祭において重要な聖体拝領が子羊の姿で描かれております。お気づきでしょうか。十字架を担い、胸から血を流し、聖杯がそれを受けている。この子羊は、私たちと主イエスの受難を繋ぐ大切な要素です。
 一同が子羊を一心に眺めた。子羊には、牧者がいる。牧者こそ、主イエス・キリストである。主イエスは、マタイによる福音書で、「もし人が私の後ろから来たいと望むならば、自分自身を否み、自分の十字架を担って私に従って来るがよい」といった。グリューネヴァルトの描いた、この美しい子羊は、澄んだ瞳で十字架上の主イエスを見つめている。子羊は、十字架を抱いている。そして、胸から血を流している。それを受けているのは、黄金色の聖杯だ。僕は絵画には、固定化された視点を持つべきではないと思う。だが、もしもこの「キリスト磔刑」という一枚の力強い絵画に、自分自身を見出すのであれば、それは必ず子羊である。
――右に立っているバプテスマのヨハネは旧約の完結者です。彼は、救世主の到来を預言していた。他方、左に立っている聖母マリア、マグダラのマリア、聖ヨハネは、新約の象徴です。いわば、彼らは新しい世界の担い手なのです。ここには二人のヨハネがいるわけです。
 節子さんは微笑を浮かべながら、皆の前でそう静かに語った。外で蝉が鳴いているなど、嘘のようだ。
――私、ヨハネって好きなんですよね、と三木さんが小さな声でいった。僕は「えっ?」といった。
――ほら、レオナルドが《洗礼者ヨハネ》とか、幼子ヨハネを描いているでしょ?とりわけ洗礼者ヨハネは、中性的で、男性か女性か定かではありませんよね。《最後の晩餐》でも、聖ヨハネは中性的に描かれています。私、レオナルドを安易に天才なんて呼ばないけれど、それでもあの二人のヨハネには、何か凄い大きな関心が起きるんです。もしかしたら、主イエスも、中性的な顔立ちをしていたんじゃないかしら?
――レンブラントが幾つか、主イエスの顔を絵にしていました。あれによると、主イエスは優しげで温かい眼差しを持った美青年に近い男性だったと思います。無論、髭を伸ばしておりましたが、きっとハイティーンの頃の主イエスは、それこそ神の美を宿していたんじゃないでしょうか。
 三木さんがクスッと笑った。直後、節子さんが、「二人とも、今は主イエスの容姿について論じるのではありませんよ」といって、優しく諭した。
 僕は主イエスの受難を思うことで、一日を精一杯生きることができる。主イエスは、聖アンセルムが「なぜ神は人間になったか?」と問うたように、神の顕現だった。その神の子である主イエスは、霊によって生きた。彼には、肉としての苦痛などない、といった神学者も古今いるだろう。だが、彼は他方で、世界史の登場人物の一人でもあったのだ。彼は、「人間イエス」でもあったのだ。グリューネヴァルトの「キリスト磔刑」を前にしては、そういわざるをえないのだ。しかし、カトリシズムにおいて、「人間イエス」ということは不可能ではないのか。なぜなら、使徒信条に、「父のひとり子」とある。常に聖霊の充溢によって地上を歩んだ彼は、御生誕されたその日からイエス・キリストであり、神の子なのだ。だが他方で、使徒信条には「ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられて死に、葬られ」とある。僕が使徒信条を何よりも尊重するのは、シスターさまが、他のどんなカトリックの要理よりも、この教えが、最も簡潔且つ完全に教義を示している、と教えてくれたからである。使徒信条の美しさはここにある。それは神への信仰の最も美しい歌である。使徒信条とは、恵みの歌なのだ。そこに、「苦しみを受け」と記されている。つまり、主イエスは、確かに「父のひとり子」であったが、人間と同じように「苦しみ」を受けられたのだ。「神の子」という表現が福音書に見出されるのに対し、「人の子」も使用されている。主イエスは、双方なのだ。だからこそ、グリューネヴァルトの凄惨な磔刑画が可能となる。
 このような激しい十字架刑によって死を経た主イエスの教えが、十字架によって象徴されることが僕の魂を揺さぶる。最も凄惨な処刑であった十字架刑、その十字架が、現在はクリスチャンの信仰のシンボルとなっているのだ。しかし、それはアクセサリーのように首から提げる十字架ではない。主イエスの背を追う者が、自らに背負う信仰の十字架なのである。十字架は目に見えないものである。目に見える十字架は、本質的なものではない。それは仮象である。
 今回の節子さんの企画は、僕に大きな信仰心を与えてくれた。それは逆説的に、主イエスの受難から到来する、日々をより善く生きるための誓いである。苦難に敷かれた時こそ、僕はこの日の勉強会で、節子さんが見せて下さったグリューネヴァルトの傑作を忘れない。そこから導き出されるのは、受難後の大いなる希望の光である。それは、《イーゼンハイムの祭壇画》を開いた時に登場する、「キリスト復活」という絵から到来するものだ。「キリスト磔刑」と、「キリスト復活」は、受難から圧倒的な生の快復へ向かうための運河なのだ。
――祭壇画を閉じている状態では、私たちは「キリスト磔刑」と「キリスト埋葬」という暗く重々しい闇に襲われます。しかし、それを開いてみると、希望の光の円の中に、主イエスの輝かしい顔が描かれています。「キリスト復活」です。祭壇画を閉じると、再び闇が覆う。しかし、開けると、光が顕現する。このような祭壇画の構造、つまり、開閉という行為と、受難、復活がリンクしているのです。
 節子さんは最後にそういって、勉強会を完了させた。僕は会議室の窓から夏の素晴らしい青空を眺めた。光に満ちていた。僕はいつでも、開いていなければならない。たとえ閉じることを免れ得ないとしても、閉じることが、開くためにあることを思い起こさねばならないのだ。グリューネヴァルトの《イーゼンハイムの祭壇画》は、僕にそんなことを強く告げてくれるのだ。

 Ⅳ「遠さ」

 あの勉強会で、三木さんと電話番号を交換した。翌週、僕と彼女はとりわけて大きな目的もなく、市立図書館で落ち合うことになった。ぼんやりと、二人でピサネッロの《鶉の聖母》を眺めていた。すると、突然三木さんがこういった。
――私は今、画家の絵を見ています。私と絵には空間的な距離があります。こくれくらいの、といって三木さんは絵と自分の目の位置との距離を測った。で、私は眼鏡をかけています。つまり、私は眼鏡のレンズも見ているはずです。でも、私が見ているのは《鶉の聖母マリア》であって、眼鏡ではありません。つまり……。
 僕は思わず大笑いした。
――つまり眼鏡の方が絵よりも遠いと?
――その通り!
 僕は腕組みした。彼女がいっていることは極めて簡素な問題であった。つまり、眼鏡をかけている彼女が見る対象に、眼鏡自体は意識されていないが故に、その対象よりもはるかに遠いというのである。この遠さは空間的、位置的遠さではない。心理的な遠さである。
――で、それがどうしたっていうんだい?と、僕は意地悪くいってみた。
――ずっと、ずうっと不思議で不思議で仕方なかったんですよ、これ。ハイデガーが『ブレーメン講演』でいってたような気がするんですけど、例えば机の上にコップがあるとしますよね?そのコップは、絶対に掴めないんです。
――掴めるよ。
――いいえ、そうじゃありません。コップは物質的な存在者ですよね。私たちと異なって、存在了解を持たない、というよりも、持つことができない。ものです。それで、「机の上にコップがある」とは存在論的にはどういうことなのか?現象学的にはどうなのか?って、色々思考しちゃうんですよ。私の印象では、ハイデガーは「コップは無限に遠くなっている」といっていたような気がします。感覚的にそういうテクストだったと思うんです。そもそも、「机の上にコップがある」とは何なのか!なんて、滅多なことがない限り考えないじゃないですか?
――いや、孤独な時なら考えたりするはずだよ。人間は。
――まっ、それはおいといてね。とにかく、すぐ傍にあるものが、無限に遠くなっていく、そういう感覚が、私にはたまらなく衝撃的なんです。デ・キリコのね、といって、三木さんは息を詰まらせた。キリコの初期の代表作に《出発の苦悩》ってあるじゃないですか?あれには、空間の奥に二人の人間が描かれてるんですよ。ご存知?
――もちろん。俺は《ヘクトルとアンドロマケ》も好きだけど。
――《出発の苦悩》ね!で、あの豆粒のように小さい人間が、私にはその感覚に近いような気がするんですよね。
――無限に遠ざかっていく感覚?
――そうそう。はっきりいったらね、ここに鈴村さんがいるでしょ?鈴村さんは私から空間的に近いですね?でも、その近さは何を根拠にするかで、激変するわけです。私は鈴村さんの存在者としての総体には触れられません。鈴村さんがどういう隠れた趣味を持ってるかとか、実はどういうタレントが好きだとか、そういう瑣末な事柄も全部含めて、鈴村さんは未知なる存在者です。遠いわけです。
 僕は少し疲れた溜息を洩らして、「うーん」といった。
――例えば大通りでさ、どこでもいいや。まあ噴水で全然話したこともない通りすがりの人同士が、偶然隣同士になって座ったとする。三木さんの今の論理からすれば、彼らの距離は、火星と天王星くらいあるってわけか?
――いえ。もっと遠いんですってば。無限ですから。
――それは怖いなぁ、と僕はいって笑った。三木さんは、素晴らしい感覚の持ち主に違いなかった。そして、僕は彼女に大きな好奇心を寄せた。
――ちょっと如何わしい話ですけどね、と三木さんは微笑しながら平然といった。例えば、娼婦が一夜限りで客と寝る行為は、肉体的には限りなく接近するわけですが、今の感覚からすれば、無限に遠いわけです。逆にいえば、もうこの世界にいない恋人との距離は、どれほど離れていようと、限りなく近いわけです。
 僕は三木さんの思考が「美しいな」と感じた。
――そういえば、使徒との心理的な距離は、むしろ主イエスが受難に合われた後に縮まった気がするな、と僕はいった。そして、自分でもうまくいえないが、僕らが今話している主題は、「神について」であることを察知した。
――私ね、と三木さんは不意に僕の横顔を見つめた。私ね、「遠さと近さ」について思考することって、隣人を愛する上で、必要だと思うんです。今の私にとって、お父さんは限りなく遠い。お母さんは、少し近い。弟とは、もっと遠い。学校生活していた頃なんて、私は誰もいない熱砂の砂漠で一人でした。すぐ傍にいるクラスメイトは、異常に細長い駱駝に乗っている異常に細長い女の子でしたから。
 僕はふと、ジャコメッティのあの異常に細長い人間たちを想起した。きっと、彼女もそれを意識して、わざといったのだろう。僕は包み込まれるような、温かい木漏れ日を感じた。三木さんは、木漏れ日だった。
 新しい週が始まって三日後、夜に三木さんから電話がかかって来た。用件は、「話したい」らしかった。僕は残業で相当疲弊していたが、行ってみることにした。なぜか三木さんは会う場所を廃校に選んだ。この街にはけっこう廃校があるのだ。そこは三木さんの母校である小学校だったらしい。
 僕らは北校舎に侵入して、日向臭い、というよりも瓦礫臭い校舎内を歩き回った。懐中電灯一本で。三木さんが屋上に行きたいというからである。ペルセウス座流星群が見れるというので期待していたが、夜空の八割は雲に覆われていた。
――ざんねん、と三木さんはカップヌードルのシーフード味のものを開けながらいった。僕はカレー味である。
――クリスチャンの男性ってみんな聖母マリアが好きなんですよねー、と三木さんは口を尖らせていった。僕らはポットから湯を入れた。
 ここには世界がある。夜の世界が。ここは廃墟である。だが、それは戦慄の痕跡として到来する廃墟ではない。僕は光を見ている。それは街灯ではない。三木さんの瞳の内部で輝く銀河である。
 僕は名状し難い安心感を抱いていた。夜の街だった。蝉は鳴いていない。街の子らは眠っている。コンビニエンスストアは常に開いている。ネオン街の一角が少し見える。薄暗がりに広がるのは山である。世界は構成されている。素晴らしいことではないか。全て全能の父なる神が御造りになられたのである。そして、僕らは主イエスを抱き締めている。常に、主イエスを抱き締めていよう。そうすることが、三木さんの今に近さを与えることに、おそらく繋がるだろうから。
――俺も聞いて欲しいことがあるんだ、と僕はいった。
 三木さんは熱い缶コーヒーを飲んでいた。そして、首をうん、と縦に大きく振った。
――自転車でさ、定期的に河川公園をサイクリングするんだよ。俺は半年前まで、隣街で暮らしてたんだ。堤防の道を走っていると、前によく座ってたベンチまで来るんだ。というか、引き寄せられるんだな。
 三木さんは「うん」といって、缶を地面に置いた。金属と砂粒が擦れ合わさる音がした。
――よく本を読んでたんだ。あんまり良い表現じゃないかもしれないけど、「青空教室」とか、自分で名付けてさ。部屋で読むのが苦しくなったら、堤防に持っていって外で読むことをしたりしてたんだ。
 三木さんは「うん」といって、かなり真剣な眼差しで僕の話に耳を澄ましていた。
――俺がいいたいことは、俺は自転車に乗っていたということ。それで、ベンチに座ったこと。野犬がうろうろしていたこと。その一匹が、草原で彼方を見つめていたこと。トンネルを抜けたこと。そのトンネルに、スプレーで色んな落書きが書かれていたこと。こういうことを、俺がたぶん、五百回くらい反復したことだよ。
 三木さんが口を開いた。ショートカットの黒い髪が夜風を孕んで繊細な糸のようだった。
――何がいいたいか、少しわかるよ。
――嘘だな、と僕はいった。
――どうしてそんなことをいうの?
――俺は、三百二十回目くらいに、あの木で首を吊ろうかと思った。そうすることができれば、どれほど楽だろうって。孤独だった。
――私も辛いこと、いっぱいあったよ。でも、今、私たちはこうやって、教会のメンバーとして学ぶことができているじゃない?
 僕は「嘘だな」などといった己に罪を感じた。そういうことをいいたかったわけではない。僕はただ、僕が堤防をサイクリングしている時に見た全ての風景を、写真にしたかっただけだ。否、写真のような絵にしたかった。フォトペインティングに。リヒターに頼んで、或いは、僕自身が他なる絵筆を握り締めて。そして、一人で自転車を走っていたのではないようにしたかった。三木さんにそれを話すことで、写真が風景写真ではなくなるような気がしたのだ。彼女の存在が、二人の絵に華麗に生まれ変わるような気がしたのだ。それは間違いなく、幸福だろう。
――トンネルの、と僕はカップヌードルにも手をつけずにいった。あの短いトンネルに入る時の感覚は、ただ「トンネルに入る」ってだけで済まされるものじゃないんだ。半円形の、筒状の、何か聖なる施設、不完全な教会に足を踏み入れる感覚なんだ。壁面のスプレーの落書きも、意味はわからないけれど、僕にとっては大きな他性として到来し続けている。コンビニエンスストアに入る時、デパート、ショッピングモール、喫茶店……全部、建造物は、教会の空気の不完全な形態なんだ。俺にはそう思えるんだ。
――鈴村さんって、一人称が「ぼく」になったり「オレ」になったりするのね、と三木さんがボソッといった。僕は微笑した。
 僕は世界を見ていた。それだけは事実だ。片手には本。眼前には世界があった。だが、それは繋がっていない。断片的な、写真の総体である。過去が静止画になっていく。僕がトンネルを通過した記憶は、トンネルの壁面に塗りたくられたスプレーの落書きへと変容する。写真に。僕の視界は、常にカメラである。何を見るのか、どれを見るのか、何を見ないか、全て、僕というカメラによって決まる。だが、僕は知っている。カメラを操作しているのは僕ではないのである。顔を上げてさえいれば、始まった友情もあっただろう。慄きが、全知である神への慄きが、僕を襲う。
 僕は生きている。僕は声を担う。僕は三木志穂という女性の傍にいる。彼女は僕の傍にいる。だが、遠い。彼女は傍にいるが限りなく遠いのだ。神のように。僕は彼女の次の声の到来を予知できない。神は全知である。三木さんは次に口にする声を担う。隣人とは常に神の顕現なのだ。
 安息日になった。その夜、僕らは再び廃校の屋上へ向かった。夜は雲に覆われている。
――ここに四枚の写真があるんだ、と僕はいった。三木さんは缶コーヒーを飲みながら「ん」といった。
――俺さ、卒業した夏休みを利用して、南フランスを一人旅したことがあるんだ。もう二年前だよ。その時の記憶を、どうしても志穂さんに語りたいんだ。聞いてくれるかい?
――志穂でいいよ、志穂ね、と彼女はややはにかんでいった。
 写真は四枚ある。一枚目は、アルル駅から街へ向かうまでの河川敷で撮影したもの。写真の半分以上が青空である。下はローヌ川である。ローヌ川は、ゴッホが《星月夜》を描いた舞台でもある。船のデッキが下方で覗いている。河の向こう側にアルルの街並みが見える。赤い屋根、そう、これがアルルだ。もう一枚目は、アルルの円形闘技場内から撮影した街並み。この写真は、僕にとって極めて大切なものだった。それは、おそらく写真の撮り方と関係している。これは闘技場の細長い窓からカメラを縦にして撮影していた。つまり、写真の外周は闘技場内部の壁面である。それは黒く縁取られている。見渡しているのはアルルの路地裏だ。何台か車が止まっている。奥にローヌ川がある。そして、青空だ。
 三枚目は、アルルのレピュブリック広場である。ここにはアルルの人々が写っている。時刻は黄昏時だ。夕陽が市庁舎に射しこんでいる。時計台はかすかにオレンジ色に輝いている。四枚目は、同じく広場の奥まった場所だ。この四枚目こそ、最もあの当時の十八歳の少年の心象風景を感じさせるものだと思う。僕はそこで、アルルの音楽隊の合奏を聴いた。それは情熱さとして僕を襲った。激しい衝迫力だった。アルルに到着したその日に撮影した写真である。これはアルルの歓迎だった。音楽として、僕はまず歓待されたのだ。この写真からは、もうあの音楽を再現できない。それは失われた情熱の痕跡である。この写真は、情熱の喪である。この写真は大切だ。だが、この写真の風景は二度と到来しない。音楽は反復されるが、一つとして同じメロディーではない。僕がいいたいことは、一つなのだ。つまり、僕はアルルで撮影した写真たちが、最早二度と到来しないことを知っているのである。それは瞬間の凍結だった。それは亡き盟友である。光の痕跡なのだ。僕は異国で、同じ空を見ていた。僕は、はかり知れない大いなる何者かに抱かれていた。ゴッホも、おそらく彼に抱かれていた。
――俺は旅日記も綴っていたんだ。旅の痕跡を持ち帰るために。俺は写真も撮影した。他にも何枚か撮影したけど、ほとんどの写真は建造物と空の写真なんだ。俺たちの街でも見える空の写真さ。でも、俺は今でもわからないんだ。本当に旅してきたのか。本当にアルルという街を歩いたのか。俺はローヌ川の辺に座って、独りでパンを食べていた。今でも似たようなことをしているんだ。似たような場所で。この街がアルルなんだ。
 志穂さんは静かに耳を傾けていた。不意に、非常階段の方で上がってくるような音がした。だが、きっと錯覚だった。
――たとえ旅日記を綴っていなくても、写真を一枚も撮っていなくても、俺には記憶がある。俺はそれを言語化できる。パロールで。あるいは、エクリチュールで。記憶は摩滅する。でも、研磨されもするはずなんだ。小さな問題点が捨象されて、美しい記憶だけが残る。旅は何も持たずに出発すべきだ。
――アルル、と志穂さんがいった。またね、と彼女は温かい、そして震えるような声色でいった。またね、連れてって。
 彼女の手を握り締める権利を持つのは、美青年だけだ。僕はこの時、彼女の手を握りたかった。否、せめて掌をそっと乗せたかった。だが、それを僕はしなかった。僕と彼女は、きっとこれくらいの近さが最上なのだろう。遠さと近さを測るのは難しい。だが、僕は少なくとも、語った。今まで一度も、パロールとして旅の記憶を他者に告げたことなどない。志穂さんには、なぜか話せたのだ。志穂さんと幸せな夫婦になれたら、どれほど素晴らしいだろうか。僕はそう願った。だが、僕は無言だった。主イエスならば、こういうだろうか。
「私は貴女にいっておく。貴女は既に、私と共にいる」

 Ⅴ「ニーチェの亡霊」

 その日は素晴らしい晴天だった。志穂さんとミサが始まるのを静かに待っていると、高校生くらいの金髪の少年が入ってきた。彼は僕らのすぐ後ろの席に着いた。彼は胸から十字架を提げていた。黒い服を着込み、至るところに銀色の鎖をジャラジャラさせていた。彼は容姿端麗な少年だった。
 だが、僕は彼の視線が志穂さんの首筋に注がれているのに気付いた。威圧感が背後から襲った。志穂さんは、しかしそれに気付いていないのだ。
――これから祈りを捧げるのですか?と、金髪の美しい少年が僕にいった。僕は振り返って、少し愕きつつ、「ええ、そうですよ。ミサは初めてですか?」と質問した。彼は視線を志穂さんの背中にゆっくりと移して、微笑しながら下を向いた。
――誰に祈るのですか?と、彼は下を向きながらいった。僕は即座に、というよりも、何か不可解な恐怖感に襲われて、反射的に、
――神です、と返した。すると、彼は驚愕すべき、信じられないほどの大声で大笑いした。だが、教会にいる全ての者は、誰一人彼に目を向けないのだ。
――神とは誰ですか?と、彼は挑発的な笑みを目元にのみ浮かべながら質問してきた。この時、気付いたのだ。彼は、左耳に大きな蛇を模ったピアスを装着していたのである。
――聖書を読んでください。僕は沈黙したいのです、と僕は返した。事実、ミサの前は静かに口を閉ざしておくべきなのだ。瞼を閉じれば、悪魔は去るはずだった。
 次の瞬間、目を疑う光景が飛び込んできた。裸体の、豊満な肉体を持つ若い女性が、後ろで座っていたのである。そこには最早、金髪の少年の姿はなかった。僕は眩暈に襲われた。暗い、世界の澱んだ樹液のような眩暈に。
――イエス・キリストとは誰ですか?と、女は蛇のような舌を覗かせながら質問した。僕は言葉を失った。事態がよく把握できなかった。大きな声で、
――光です!と叫ぶと、志穂さんが愕いた顔で、「どうしたの?」といった。
 僕は意識を掻き乱されていた。声を失い、坂道で何度も転んだような疲労感に襲われた。空腹だった。顔を上げて、祭壇の方を見た。十字架を、無数の気味悪い蛇たちが覆っていた。蛇たちは蠢き、主イエスの体を隠そうとしていた。だが、誰もそれを見て、声をあげたりしなかった。見えていないのだ。否、そうではない。僕だけが見ていたのだ。あの少年がリュックから覗かせた仔猫の頭部も。僕は罪の意識を抱いた。そのようなものとして、なぜ悪魔は僕の前に姿を現すのか?それは、そういった悪魔が僕の内に潜んでいるからではないのか?僕は額から噴出する脂汗を何度も拭った。志穂さんがハンカチを渡してくれた。僕は深呼吸し、胸を押さえた。そして、祈った。現代にも、まだ悪魔は生きているのか?あれほど福音書に登場し、主イエスによって悪魔祓いされた悪魔たち。あの挿話は、一体何を表しているのだろうか?何を物語っているのだろうか?アンチ・クリストである悪魔から解放された人間は、皆、主イエスの光の内に希望を見出したようだった。
 神が死ぬことは不可能である。ニーチェは神を人格化しているに過ぎない。「神の死」を宣告した彼は、にも関わらず、あれほどカトリックの教会に憧憬を抱き続けたではないか?聖性と涜神の境界で、人間は生きざるをえないのだろうか?そうではないはずだ。
 やがて八月十五日になった。聖母マリア被昇天の日である。僕と志穂さんは婦人会のパーティーに参加した。二人でジュースの入ったコップを手に取り、皆で乾杯した。ある、とても親切な美しい婦人が、僕に一冊の本をプレゼントしてくれた。
――鈴村さん、またいっしょにお勉強しましょうね?
――あの、きっとまた改めてお返しいたします。
――いいのよ、いいの。学んでくださいね。
――ありがとうございます。本当に。
 志穂さんは黙って椅子に座って微笑んでいた。ミサの後の、静かな夜だ。皆が会議室に集まり、テーブルの上にはご馳走が乗っている。僕は本をプレゼントしてくれた御婦人に、とても大きな感謝を寄せていた。なぜ、これほど僕に優しくしてくださるのだろうか。ここにいる御婦人がたは、皆、聖母マリアさまのように慈しみに富んでいる。
――あっ、三木さん!それに鈴村さんも!と、元気な声で別の御婦人がいった。あなたたちは若いんだから、もっと食べなきゃだめよ!ここで遠慮しちゃダメよ!
 僕らはそういうわけで、皿に沢山の料理を乗せた。僕らはずっと笑顔だった。温かい、木漏れ日に包まれたような光の世界だった。以前、大きなカテドラルに枢機卿さまが来られた日、切符を失くした僕にそれを払ってくれた御婦人が来ていた。僕は傍へそっと寄って、「こんばんは、先日は本当にどうもありがとうございました」といった。
――お仕事、大変じゃないですか?頑張ってくださいね。
 僕は「はい」といって、頭を下げた。
――鈴村さん、ああ、この方がシスターさまが先日いってた「有名人」ですね!と、別の御婦人がいった。その御婦人は少し酔っているのか、頬が朱色に染まっていた。志穂さんが、脇で「へー」といって僕を観察し始めた。僕は愕いて、「えっ?有名人ですって?」と聞き返してしまった。
――ほら、シスターさまに「旧約時代までの罪は主イエスの贖罪死によって神との和解に入ったけれど、新約以後、例えば第二次世界大戦における人間の幾多の罪はカトリック教会においてどのように認知されるべきなのでしょうか?」なんていう凄い質問を、教会を訪れた最初の日にしたんですって?あなたが初めてよ、この教会では!といって、御婦人は嬉しそうにいった。
 僕はそういえば、そういうこともいったような気がして、首を少し傾げて困惑の笑みを浮かべた。すると、志穂さんが御婦人たちの列に割って入って、
――皆さん!パウル・ツェランの詩を御存知でしょうか?彼はそこで、とても問題的なことを述べています。「祈りなさい、主よ、私たちに向かって」です。つまり、私たちが神へ向けて祈るという方向を、倒置させているのです!この話も、私は鈴村さんから教わりました!
 僕はとうとう赤面して、もうどうすることもできなくなってしまった。ただ小さくなっていたのだった。この時ばかりは、さすがに志穂さんを怨めしく思ったのである。
 すると、僕にカテキズムの素晴らしい本を譲ってくれた御婦人がそっと僕に近付いて、
――鈴村さん、あなたはフリードリッヒ・ニーチェの影響を受けていますね?と、眼鏡の奥で瞳を光らせた。僕はこの質問に非常に愕いて、同時に、この方が僕の内面を完全に覗き込む力を持っているかのような、畏怖とも敬愛ともいえない感情を抱いたのである。
――まあ、ニーチェ!アンチ・クリストですわね!と、ほろ酔い加減の御婦人が笑顔でいった。パーティーは明るかった。
――わたくしはニーチェは嫌いです、だって、あんなに激しく攻撃的な本ばかりを書いて…と、それまで黙っていた長い髪の御婦人がいった。僕は「うん」と頷いた。
――そうかしらん?ニーチェらしいパトスって、わたし好きよ。もっとも、ニーチェは青年の哲学だけれども、と別の御婦人がいった。そして、室内が笑いで溢れた。「青年の哲学」である。実際、ニーチェ哲学ほど難解な哲学も存在しないというのが、僕の現在の認識なのだが。
 婦人会のパーティーに、浅野節子さんは参加していなかった。僕はそれが気掛かりだった。そしてこの日、僕は後日、節子さんと交換し合った電話番号を使ってみることにしようと思ったのだ。節子さんと話がしたかったからである。
 土曜日、僕は節子さんが暮らす家へ向かった。節子さんは、たった一人で暮らしている。僕も、たった一人で節子さんに会いに行こうと思った。節子さんの家は、とても整理され、清潔だった。玄関にはオリーブの小さな木が飾られていた。オリーブは、神の慈悲、平和のシンボルである。朝だった。玄関の小窓から、燦爛と曙光が僕の顔を照らした。家は新鮮な、けれども古くもあるような木々の香りで満ちていた。節子さんに案内されて、僕は洋間へ通された。明らかに手細工の大きな古い木製テーブルが置かれていた。洋間の窓辺には白バラが何輪か飾られていた。それはいつか図鑑で見出した「花嫁」という麗しい清楚な白バラだった。柱と一体化しているような、古い銀色の金属をしたストーブがあった。だが、今の季節は夏なので、当然使用されていなかった。テーブルの下では、小さな小犬が尾を振っていた。節子さんを見出すと、足元で愉快そうに踊り始めた。節子さんは涼しい水色とエメラルド色の、縞模様をした服を着ていた。上の服がスカートにまで伸びている。このタイプの女性用の服を何と呼ぶのか、僕は知らなかった。ただ、節子さんはいつもと同じく、とても清楚で、美しい白バラだった。
――鈴村さん、ようこそお越しくださいました、と節子さんは恭しく頭を下げた。僕はとても緊張していた。僕も頭を下げた。
――あなたのお名前、とても素晴らしいと思いますのよ。智慧の「智」。ソフィアですわね。今のあなたにぴったりだと思います。これからは、「智さん」って呼んでもよくって?
 僕は節子さんの両目を見ることができず、下を向いて、「はい」と返答した。節子さんはクスッと微笑した。顔がなぜか真赤になっていた。今日という日のために、僕はできるだけ見栄えの良い青年の服装を心掛けていた。節子さんへのプレゼントとして、美味しいケーキ屋で買ったイチゴシュークリームと、かねてからバラ好きだと聞いていたので、「ルイ十四世」というオールド・ローズを持参していた。この深紅のバラは、バラの中の貴族を感じさせるほど、豪華絢爛なバラである。かなりの値段がしたが、バラ専門店で手に入れることができるのだ。節子さんは、喜んでくれるだろうか?
――あの、いつもあなたの傍にいる可愛い女の子は、あなたのガールフレンド?と、節子さんは興味深げにそう質問した。僕は返答に窮した。というのも、僕らは時どき会っているだけで、本格的に交際しているような感じではなかったからである。
――ふふ、秘密なのね。いいわ、ライバルね、それじゃあ彼女とは。
 僕はこのままでは、間違いなく節子さんの甘美な話術に魅了されるような予感がして、こう切り出したのである。
――節子さん、あの、僕は最近こういうことを考えるんです。高校時代、僕はニーチェの本に助けられました。ニーチェがいなかったら、僕はきっと卒業することすらできなかったでしょう。そして、ニーチェは「神は死んだ」と宣告した。でも、今、僕はカトリック教会のメンバーとして生きている。キリスト教の、つまり主イエスの教えの中で僕が一番好きなのは、「汝の敵を愛せ」です。これを実践するのは、とても難しいことだと思います。でも、主イエスはそれを成し遂げられました。
――ええ、そうでした、と節子さんは冷静な表情になって頷いた。御受難に合われている間、己を傷付ける者たちのために祈られましたもの。「父よ、彼らを御赦しください」と。とても美しい、綺麗な言葉ですわ。
――それで、僕はこういうことを考えたんです。ラテン語で、「Sanctus」という言葉がありますよね?「聖者」を意味する男性名詞です。僕はこれを、ドイツ語の「Nietzshe」の前に付けて、「Sanctus Nietzshe」、つまり「聖ニーチェ」という言葉を考えてみたんです。僕が何をいっているのか、お解かりですか?
――ええ、もちろん。それは、あなたにとっての、「汝の敵を愛せ」の具現化された言葉ですね?「聖ニーチェ」。「Sanctus Nietzshe」、主イエスは、アンチ・クリストを背負ったニーチェを、赦される。
 小犬が不意に、片耳をピンと跳ねさせた。
――これが、僕の二十歳までの最大の思想的成果です。「聖ニーチェ」。
 節子さんは、うっとりするような眼差しで、僕の瞳を見つめた。僕は緊張して、唇を噛み締めた。
――あなたと以前、ゲルハルト・リヒター展へ行ったでしょう?リヒターはね、カトリックに対して、かなり友愛的な画家だそうなの。彼の言葉、「信じるためには、神を喪失していなければならない。描くためには、芸術を喪失していなければならない」は、智さんの今の思想的成果とリンクしていますね。
 僕は節子さんと観た。リヒターの《大聖堂の一隅》を。《ベティ》を。《二本の蝋燭》を…。そして、僕は「神の死」「芸術の死」に対し、喪の作業を続けている、この現代絵画最高のドイツ人画家に対し、大きな光の希望を見出したのである。不思議なことに、リヒター自身も、自作のテーマは一貫して「光」であると主張している。それは彼にとって仮象なのだ。だが、それは喪に服す者の光への意志、すなわち「祈り」でもあるに違いない。リヒターは、きっと現代に残された、唯一の神学者なのだ。
――また行きましょうね、節子さん、と僕は感動を表現した。
 すると節子さんは、にっこりと笑った。
――土曜日ね。智さん、今日は夜まで付き合ってくださるかしら?
 その日の夕方、僕と節子さんは一緒にシャワーを浴びた。それは常に清潔なものだった。そして、裸体のまま、節子さんのベッドで眠った。手を握り合いながら。僕は獣にならなかった。節子さんは、ずっと僕の頭を、もう片方の手で撫でてくれた。僕は純潔だった。節子さんも。アダムとエバに戻れる、数少ない時間。楽園を追放される前なのだ。だから、無垢で、まるで双子の姉弟のようだ。これならば、主はきっと赦される。なぜなら、僕と節子さんは、ただ密やかに愛し合っただけだからだ。ここにいるのは、二匹の子羊なのだ。
 僕は確かに、ニーチェの亡霊かもしれない。だが、彼は既に僕の中で「聖ニーチェ」になったのである。それが、僕の彼への感謝の表明なのだ。主イエスが「隣人愛」を教えたのに対して、ニーチェは「運命愛」といった。これらは実は、限りなく兄弟的な概念である。他者の運命に自己を委ね、犠牲にすること。つまり、自己の運命を死なせてまでも、隣人の運命を尊重し、生かすこと。これこそが、僕が到着した真の「運命愛」なのである。

 Ⅵ「荒地の中で、枯れることなく輝く一粒の水滴を担う」

 僕は世界の中を生きている。虚無感に襲われることがあっても、虚無として世界が規定されてしまうわけではない。虚無は世界の一つの様態に過ぎない。もっと多くの方々と対話したい。僕は、節子さんに愛を与えたい。今の僕にとって、生きることは、本を読むこと、隣人を愛するように努めること、トンネルを自転車で潜ること、そして、節子さんともっと、もっと沢山の言葉を交通させたいということである。世界は果たして荒地なのか。そうではない。それは世界の一つの様態に過ぎないのだ。教会は、常に光である。それは、常に僕に幸福への、愛への渇望を抱かせる領域なのだ。
 常に、僕は求めている。新しい知を。わけもわからずに、ただ深刻な、内容のない憂いに襲われるのはなぜなのか。
 世界が荒地ではないことだけは断言できる。世界は荒地という一つの領域を持つが、世界そのものが荒地なのではない。荒地の奥には必ずオリーブの木が茂っている。僕にとって、オリーブの木とは、常に隣人である。それは、節子さんの表情、指先、首筋、瞼として生起する。
 僕は節子さんとの遠さを担っている。遠くなりもすれば、近くもなる。僕は、節子さんは美しい女性であると感じる。節子さんは、僕にとって次に何を話すか、行為するか、全く予知できない存在者である。節子さんは笑い、その笑った瞳の奥に一滴の涙を浮かばせる。悲哀を孕んだ灰色の涙を。これだ、これこそが、謎なのだ。節子さんは、僕を不安にさせ、ときめかせ、苦悩に追い込む。想いが全く通じ合わず、僕の魂は激震し、打ちのめされ、失意に沈む。これだ、ここに節子さんの美しさ、女性的な結晶が存在する。
 節子さんはアフロディテではない。節子さんは監督に惚れ込まれた女優、その商業的に失墜した微笑を有さない。節子さんの担う微笑、僕に見せる笑顔、あれは、いかなる芸術的な女性美さえも到達できない、真の神性なる美である。僕は節子さんの顔の表情を操っているものが何かを知らない。節子さんの顔の背後に、神がいるのか。平穏さは、常に僕に与えられた隣人の微笑、涙、はにかみ、唇の噛み締めとして到来し、僕を揺るがせ、困惑させ、耽溺させ、勇敢にさせ、幸福へと誘う。人間の顔はメロディーを持っているのだ。
 人間は常に秘密を担って生きている。人間は秘密を探し、追い求める。僕は教会に通い始めたことで、秘密を失ったのではない。むしろ、開けたのだ。僕にとって、秘密なるものとは、神である。神とは隣人であり、神への愛こそ隣人愛である。常にこれが僕の秘密である。秘密は追い求められねばならない。
 僕は教会で祈る。誰のためにか?世界中の、全ての苦しむ人々、病の床に伏す人々、傷付いて生きる希望を失った人々のためにか?祈りにおいて、重要なのは顔ではないのか。顔として、祈る対象が意識の内で顕現するのではないのか?頭に傷を負った、大粒の涙を流す小さな少年の顔として…。喪に服して祈ることとは具体的には何なのか?僕は、自分のその日が、ただ平穏になるためだけに祈っているのか?だとすれば、むしろ祈るな。僕は自己を、祈りにおいて埋葬しなければならない。祈りとは、自己という極度に鋭敏化した二等辺三角形が、隣人の顔という具体的なイメージを通過して、球形化するプロセスを指すのではなかろうか?祈りとは、常に志向性である。それは他者への志向性である。教会で祈ることは、常に他者の概念の内に、この自己という青年的でどうにもならない鋭い二等辺三角形を帰属させ、鋭角を弛緩させることに他ならない。祈りは、常に愛の内で生まれる。それは他者への愛、すなわち隣人愛の内で生まれる。祈りとは、常に自己という概念の球形化である。砂漠のように荒れ果てた意識を持つ自己が、教会での祈り、あるいは、その日のささやかな慎ましい祈りにおいて、隣人愛というオアシスの内で弛緩する。傷付いた自己の傷が、隣人愛という無限に広大な円の中で、癒合する。祈りの不思議さは、それが常に自己から出発して、神・隣人へと向かう開闢に属している点である。祈りとは、神・隣人へと心の扉を開くものである。それは行為なのか?掌を合わせ、右手の親指を左手の親指の上に乗せ、静謐な心持で神の栄光を讃えるこの祈りとは、果たして行為といえるのか?むしろ、祈りというものが最初に存在したのではないのか?その祈りへ向かって、僕らが吸引されたのではないのか?祈りが初めにあった。その祈りに、僕らが担われる。祈りにおいて、自己と他者という越えられない境界線が弛緩し、壁が音もなく消失し、なだらかになる。祈りのイメージは、僕の中では常に丸いのだ。
 世界に生きた痕跡を残すのだろうか?人間は、皆。ある人は声で、ある人は音楽で、ある人は色で、ある人は記号で、ある人は愛撫で。僕はもう何か残したのか?家族に対して、或いは、隣人に対して。僕は明日を生きる。明日を生きるとき、僕は前日の痕跡を頼りにする。前日の痕跡は、その前日を…。こうして、僕という存在者は、事物の根源的原因である神へと到達する。痕跡だ。僕は何らかのものの痕跡である。だが、僕が己を神の痕跡であるとは信じても良いのだろうか?神性を担うのは、常に自己ではなく隣人なのである。僕は隣人に直面し、愛を与えることに躍起になり、焦燥感に襲われ、逆に隣人愛から遠ざかることもあるだろう。隣人愛は難しい。だが、節子さんが以前、「私と智さんが、こうして二人いるところには必ず主イエスがおられますわ」といったとき、節子さんは僕という隣人に神性の顕現を見てはいなかったのか?それは、究極の隣人観、つまり隣人愛の日常的沈思と、実践があってのみ可能なことだろう。そのように僕も大切な女性に見られているという事実、これこそが、僕も世界に立つ一人の隣人であることの証しである。僕は隣人にとって、隣人なのだ。だとすれば、隣人愛は、自分を愛することができて初めて、可能なのだろう。しかし、僕は愛されることを欲するよりも、まず愛すことを欲する。僕は愛されるよりも、むしろ愛していたい。そして、その愛の矢の向きが、常に自己ではなく隣人に的を持つことが、僕にとって逆説的に隣人愛の清らかさ、聖性を教えるような気がするのである。
 人間が二人以上いるところには、必ず主イエスがいる。だが、僕は主イエスという言葉を、既に使っている者なのだ。ナチスの集会において、主イエスが顕現していたことなどあるはずがない。あるとすれば、それは必ず、それに反対し、弱者を救い出そうとする者たち、正義を持つ者たちの内においてである。アウシュヴィッツはなぜ起きてしまったのか?主イエスは、旧約時代までに広がっていた世界の罪を一身に担い、贖罪し、十字架上に上られた。こうして、人間は神との和解に入った。ならば、あのホロコースト、ヒロシマの悲劇、受難は、一体何だったのか?再び、世界には巨悪が覆い、表象不可能な地獄のような出来事が起きたのだ。世界は罪で覆われた。そして、歴史の被告人が欠席している裁判で、罪は糾弾された。もしもアウシュヴィッツの受難に、ヒロシマの悲劇に、主イエスが直面すれば、何というのか?主イエスは、何といわれるのであろうか!ブルドーザーで死体が掻き集められる様は、一体何なのか?それは、罪を罪とも感じない、完全に狂った世界である。麻痺した、痙攣した、主の御声を閉ざす、遮光の世界である。つまり、人間が二人以上いるところには、必ず主イエスがいる、ということは、アウシュヴィッツ・ヒロシマ以後の現代世界にあっては、むしろ不可能なのだ。そういうためには、主イエスの教えに光を見出し、世界を隣人愛のために生きる決意をした者が居合わせる必要がある。そこに、だ。そこに、主イエスの愛の教えを信じる者が、いることだ。
 だが、死が自己に差し迫った危機的状況の中で、僕は命を犠牲にしてでも、隣人、それも見知らぬ隣人を救えるだろうか?仮に救えたとしても、彼、彼女も次の瞬間には、同じように蹂躙され、死に至らしめられるのではないか?それを見越した上で、自己犠牲することは、暴力の担い手からは、無意味な抵抗、無意味な奇麗事に思えるのではないか。実際、そのようなことが、第二次世界大戦という、僕らの祖父の世代における大戦で起きたという。主イエスは、何といわれるであろうか?主イエスの教えを学んだ者が、それぞれ各々、その時の受難に応じて、対応すればよいのか?差し迫った生命の危機に際して、祈るのだろうか?神に、「み国が来ますように…」と。祈りにこめられる力が、時代によって常に変容している。僕らの祖父の時代と、僕らの時代においては、祈りにこめる渇望も、イメージも、他者への眼差し、配慮も、まるで異なるはずだ。僕の平穏な日常生活は、僕の祈りが、常に「主よ、今日もこの日が平穏に過ごせましたことを感謝いたします」と心の中でいい続けることが可能であるということからみても、明らかである。そうだとすれば、僕が日常生活で感じる、青年的な虚無感とか、孤独などは、何という些細なものだろうか。それは喜劇のように見える。戦争の記憶に較べれば。アウシュヴィッツに関する本を、長閑で平穏な河川公園の木の下で読む……これは、現代人の最も深刻な無知と傲慢に由来しているのではないか。実際、僕はこのことを指摘されると、最早、どうすることもできないのだ。ただ、それらを学び、過去の受難を知り、伝えることが、彼らの僕らに対する訴えであるということを、認識する以外には…。
――智さん、と節子さんが枕元で囁いた。窓から曙光が射している。安息日、これからミサだ。節子さんは聖書を手に取って、朗読してくれた。「私がその命のパンである。私のところに来る人は、けして餓えることがない。私を信じる人は、けして渇くことがない」ヨハネによる福音書、六章三十五節よ、と節子さんは優しい声で語ってくれたのだった。
――節子さん、僕はもうすぐ二十一歳になります。七十一歳まで生きるとしても、あと五十年あります。あと五十年……。
 節子さんは、急激に悲しそうな眼差しをして、僕を見つめた。瞳が輝いていた。僕は節子さんを優しく抱き締めなければ、この年齢の差を埋められないような戦慄を抱いた。
――私の方が、智さんよりも早く逝くのね。それはとても辛くて、寂しいことです。でも、私は智さんと出会えて、とても幸福です。
――そんな哀しいこと、いわないでください。節子さん、僕は「死」について、本で学んでいます。それは「死」に直面していない者の遊戯かもしれません。でも、僕は何が起きるか予知できないのです。どんな苦難が家族、或いは隣人に、到来するのか。
 僕は一度、ルターの『生と死の講話』を読んだ。正直、頭に残ったのは、「死」のことではなかった。それは、僕が「死」に真摯に向き合っていないということを表面化していた。むしろ、レヴィナスが「死は存在しない」と断言したとき、僕はそれを解釈したかった。「死が常に経験不可能で、存在しないとされるのは、生きる者には死が経験不可能であるからである。なぜなら、彼は既に死んでいるのだから。死者は死を経験できない。なぜなら、彼はもう死んでいるのだから…」節子さんの息子さんは、死と対峙した。迫り来る死と。人間が死の真上に直立することなどはない。死は常に通過される。否、死は常に蝋燭の火が一度消えた者を覆う。一度、と僕はいった。カトリックの教えでは、「永遠の命」を信じている。蝋燭の火は、つまり消えないのである。肉体が滅んでも、霊は残り、神の国へと赴き、祝福される。だから、死など怖くない。だから、積極的に、殉教する信徒もいるのだ。
 それは救いだ。それは光に満ちた教えだ。死んだら、主イエスのおられるみ国へと、出発できるのだから。だが、他方で、死は蝋燭の火を奪うという者もいるのだ。死体は物質である。死は、生命ある存在者を物質へと移転させる一つの時間的契機に過ぎない。生命のない死体は、物質と同じ存在論的構造を持っている。つまり、存在了解を担う能力を有しないからだ。死体が物質であり、死ねばそれで肉も霊も終わるのだとすれば、何という暗い教えだろうか。だが、それが自然界の掟である。対して、カトリックの教えは、超自然的なものを見ようとする。永遠に消えない蝋燭の火を。「永遠の命、イエス・キリストを」。
――僕は、あと五十年、主イエスの御言葉を信じて生きられることが幸せなんです。でも……。
――でも?
 僕は意識が樹液のように、しっとりと冷たいものに覆われるのを感じた。
――ここ百年間の、歴史に名を残した科学者、哲学者、芸術家たちの素質は、むしろユダに近かったのではないでしょうか?全員がそうとは思いません。ただ、ニーチェが「神の死」の到来を、あんな大胆な形で告げたとき、思想界には少なくともユダであることが暗黙の掟になったのではないでしょうか。
――智さん、あなたは愛弟子の聖ヨハネのようになりなさい。つまり、主イエスの愛を、信じ、実践できる青年に。
――はい、と僕は節子さんの瞳をみていった。ここでいったのだ。誓った。僕は誓った。主イエスの愛に生きます、と。
――節子さん、僕を抱き締めてください。僕はなんだか凍えそうです。
――ええ、といって、節子さんは上半身を起こして、僕を抱き締めた。裸体だった。節子さんの乳房が、僕の顎に触れた。くすぐったかった。どうして凍えそうなの?こんなに温かい朝なのに…。
――人間は、きっと一つの道にしか進めません。右往左往して、結局、全ての道で松明を失ったような大人もいました。でも、僕はそんな大人になりたくない。僕は、節子さんのような内に聖性を持つ人間になります。
――私も揺れるのよ。道に対して。
――節子さん、といって、僕は彼女の乳房に接吻した。僕は女々しいですか?女々しい青年は嫌いですか?
――どうしてそんな質問をしちゃうの?あなたは肉に溺れていません。私とあなたなら、そのような関係にはなりえません。なぜなら、もう、わかりますね?
 僕は微笑した。洗礼前だ。大切にしておこう。洗礼前の、僕なりの惑いを、悩みを、迷いを…。寝室に小犬が走ってきた。僕らは短い挨拶を交わした。世界は荒地ではない。仮にそうであっても、荒地の中で、枯れることなく輝く一粒の水滴を担う。

(FIN)