彼女は「子宮」の中でひたすら「丸くなる」ことをしていた。やがて彼女が眼を覚ますと、どこかの「島」にいた。「島」には最初、「このエリアには現在、1名のユーザーがアクセスしています」と表示されていた。やがて海の向こう側から青年がやって来て、碑文の記号表現も変化した。
彼は「ページは見つかりませんでした」と表示されている「島」からやって来たと語ったが、いきなり彼女は彼に不信感を抱かざるをえなかった。「ページが見つからない」のであれば、それは最早「島」ではない他の何かである。
彼女は自分の「島」がハイパーリンクされるその時まで、実に彼と7000年間待ち続けた。その間に、彼女は一度もコピーを生まなかった。やがて彼女は別の「島」に、すなわち別の数学的体系を有する別の宇宙にアクセスした。
その「島」は都市型であった。都市の電光掲示板に「ページは見つかりませんでした」と記載されていたので、彼がこういった。「このサイトも閉鎖されたんだ。また別の宇宙を目指さねば」。灰色の雲が、果てしなくビルの奥の奥まで続いていた。
だが、彼女は無人都市を歩き続けていた。やがて彼女は「教会」を見つけた。彼女が教会にアクセスすると、中から小悪魔が飛び出した。その子悪魔は、頭に角を生やしている小さな少年だった。
「神を探しているの?」
少年はそういった。
「ええ」
彼女は(yokoというハンドルネームだが)答えた。
「じゃあ教会の奥に行きなよ。祭壇の上におられるよ」
やがて彼女は一人で祭壇へ向かった。そこには、十字架上のイエスがいたが、彼の像は別の像に観察されていた。別の像とは「太陽」の中心に「大きな眼」が描かれたもので、イエスの後方から彼を見つめていた。
「セカンドオーダー・サイバネティクスの観察者だよ。それが神の本当の姿なんだよ」
少年はそういうと、彼女の前で跪いて甲に熱い接吻を贈った。
彼女はやがて教会から出て、無人のデパートの前に立った。そこにはharuhiko(彼だ)がいた。彼女はわからないことを彼に質問してみた。
「yoko、少年のいっていることは正しい。神は観察者だ。我々は観察されているが、我々自身に神を観察する力は無い。ただし、神の痕跡なら観察できる。それが宇宙だ」
二人はまたハイパーリンクの瞬間を待った。やがて光の洪水が襲った。二人が眼を開けると、「砂漠」にいた。新しいエリアだったが、ここの管理人も一億年以上前から自分自身の存在をリゾーム化して宇宙に溶け込んでいるという。二人は500年間歩き続けたが、やがて「オアシス」を見つけた。「オアシス」は「砂漠」というエリアの内部構造体で、ここの管理人はまだ生きていた。とはいえ、管理人はROM人格のミッキーマウスだったが。
「おめでとう!」
ミッキーマウスはいった。
「どうして私たちにおめでとうといったの?」
yokoはそう尋ねた。不思議だったからである。
「君たちはアダムとイヴだよ! ここで二人で暮らしていいよ! ここじゃ、コピーじゃなくてオリジナルの子供も生産できるからね!」
yokoは、このミッキーマウスが心底気味悪かった。やがてharuhikoが憂鬱な面持ちで静かに口を開いた。
「<砂漠>の管理人はどこへ行ったんだ? リゾーム化したのか?」
「さあね!」
「教えないと壊しちゃうわよ?」
yokoが笑顔でそう脅すと、ミッキーは圧倒的な速度でフォントを0.07サイズにまで縮小した。
「懐かしい感覚を取り戻したいとかいってたよ! でも詳しくなんてオイラ知らなーい!」
haruhikoがやがて優しく微笑んだ。
「リアリティーの化石を発掘しにでも行ったのだろう」
二人は「砂漠」をくまなく歩き回った後、一度「島」に戻ることにした。アクセスする前に、「このエリアには現在、55786363人のユーザーがアクセスしています」と表示されたので驚愕した。砂浜を歩いていると、一匹の盲目の天使が立っていた。島にはこの天使以外誰もいなかった。
「神を見失いました。つい先刻まで、私の傍にいてくれたのに」
天使は白い眼をぼんやり光らせながらそう哀しげにいった。翼は傷みが激しく、どこか錆付いているように使い古されていたのだった。
「これから我々がどうすれば良いか、どうか御教え下さい」
haruhikoが跪いてそういった。
「わかりません。ただ、とにかく信じてください。神が見つかりにくいからといって、信仰を捨てずにいて欲しいのです」
yokoはその時、天使に質問してみたかったことを思い出した。
「バベルの塔はありますか?」
そのあまりにも鋭い問いに、天使は驚いた。
「あります。建っているのではなく、横に寝かされてくまなく浸透しているようです」
「世界の起源には、やはり一つのネット端末が存在したのですか?」
「わかりません。掟では、世界の起源には<子宮>があり、その中は無数の網で満たされています」
「それでは我々は胎児ですか? ここはネットという<子宮>の内部ですか?」
「私にいえることは、ここが地上でも天上でも地獄でも無いということです。ここはそういう<意味>を持った空間ではありません。<意味>が生まれる以前の揺籃なのです」
やがて天使は翼の欠片を残して砂の彫像になった。haruhikoが笑いながら指で押すと跡形も無く壊れた。haruhikoは壊れた天使を見て、涙を流していった。
「どうか御赦しください。私は天使である貴方が壊れるなんて知らなかったのです。貴方の目の病気について慰めの言葉を与えられずにいたことを、どうか御赦しください」
yokoは静かにharuhikoの背中を撫でていた。やがて「島」から、二人は「都市」のエリアへ再度向かうことにしたのだった
二人が「都市」にアクセスしようとした時、不意にノイズが介入した。中に入ると、二人の表皮に「エリア名:都市が、夏休みの光景を発掘する」と表示された。すると、突然都市全体がクマゼミの合唱と眩しい街路樹の木漏れ日に包み込まれ、通りの奥からは元気な子供たちの笑い声が響いてきた。
二人は市内プールや、小学校のグラウンドを静かに探索した。子供たちのいる気配を感じたが、どこにも見つからなかった。都市のエリアは細部にわたるまで緻密に造形されていた。黄色のベンチの板に「相合傘」が刻み込まれ、左側に「洋子」、右側に「陽彦」とあった。
「気をつけろよ。子供たちは我々よりも利巧かもしれない」
haruhikoが緊張感を感じさせない気だるそうな面持ちでそういった。
「ちょっと待って。この落書きなんだかおかしいわ。私はyokoというハンドルネームを持っているけれど、これは既に漢字変換されてるもの。もしかしたら<洋子>と<陽彦>が私たちとは別にこのエリアにアクセスしているのかもしれないわ」
yokoは「デ・キリコ」というストリートを歩いていた。彼女はその一角にあるディオールの路面店でスカーフを購入した。そのストールにのみ、「404」という電子記号が浮遊していたからである。
「HTTPステータスコードだな。ウェブ2・0期のウィキペディアに仔細が記載されてるよ」
エリアには人がいるが、それは全員が「人」という記号的存在者であって、ユーザーではなかった。yokoはしかし、生きている感じのしない人間を観察しているのが好きだった。自分の姿を他者の視点で見ることができるからである。
二人はありふれた一般的なデートをしているかのようだった。だが、それはこの世界では情報として管理側に把捉される。
「あらゆるエリアの管理人を私たちが勝手にデリートしちゃったら、この世界はどうなるのかしらね?」
「する前にされるだろうな。そうすれば12世紀の修道士たちと同じエリアの夢を見れるかもしれない。」
二人にはこれといった将来の目的、未来像などが無かった。彼らは何かを探しているのだが、それが何なのか解らない。ただ、全エリアを管理している親管理人、大文字の管理者がいれば、「私たちは何をすべきか」と教えて貰いたかった。
「この都市では永遠に夏が続くようだ」
「そうらしいわね、セミの音色も均質化し始めたわ」
haruhikoはまるで力を無くしたように座り込んだ。彼の姿は少年化した。
「ぼくは母さんに会えるだろうか。あるいは、もうとっくに会っているのかもしれないね。母さんは全知で、いたるところに偏在していて、善でも、悪でもないけれど、ぼくのような幽霊の存在を赦してくださる」
yokoにとって、彼の言葉は自分のものでもあった。Motherと呼ばれる存在は、エリア宇宙を統率する管理者とは別の何かだった。管理者はyokoたちと同じ元ユーザーだが、Motherは管理者を宇宙の「外」から観察しているといわれている。教会で小悪魔がいっていた言葉をyokoは想起した。
「セカンドオーダー・サイバネティクスの神ね。それが私たちの母さんよ」
やがて巨大な隕石が都市に墜落した。隕石はアスファルトの上で吸い込まれ、音もなくセミたち以上に自己主張すらしなかった。ここは全てが平穏で、なにか狂気じみていた。だが、yokoはここが好きだった。かつて、自分はあの十字路で交通事故にあって死亡したような懐かしい情報が蘇生した。
きっと、今日のような晴れた美しい夏空だったろう。
(FIN)