マルセル・ジュウォッブ 『黄金仮面の王』


「黄金仮面の王」と「大地炎上」

非常に優れた作品で、私の中でとても大切な作品になった。
まず、一つ目の「黄金仮面の王」だが、これは作者がラビを輩出した家系「ユダヤ系」であることを鑑みると、極めて象徴的で謎めいた作品に仕上がっている。
「顔」が隠されているのだ。
王は自分の顔を隠し、「仮面」を被ることを王宮の人間たちに強いている。
「顔」が隠されていること、とは一体どういうことなのだろうか?
王は顔に病を負っている。
最後には自らを呪い、盲目になる。
そして、同じ病を背負っている少女に導かれて、隠された街へと向う。
だが、この王は「呪い」という「仮面」を二重に被っていた、ということが明かされる。

王の顔に二つの仮面が重なっていた、と解釈することができる。
一枚目は黄金仮面であり、その下に呪われた怖ろしい仮面がある。
最後には、その仮面さえもが取り外され、「素顔」が世界に現出する。
だが、王は既に「盲目」であり、「素顔」は自分では見えない。
この逆説は謎めいている。

ユダヤ教の聖典である旧約聖書の神は、「隠されたる神」といわれる。
「顔」という概念で思い起こすのは、エマニュエル・レヴィナスの名高い「顔」の概念だ。
「顔」「仮面」といった概念は、実は鷲田清一が『顔の現象学』でスポットを当てていた題材でもある。
本作はそういった神学的な次元からも解釈できるような気がする。

二つ目は、「大地炎上」だ。
これも掌編ながら迫力に富んでいる。
世界の終末、怖ろしい世界の果てが描き出され、新しいアダムとイヴが暗示される。
作者はこれをどれだけの短期間で書いたのだろうか?
何らかの強烈なインスピレーションが襲い、それを一気に書き上げた、という「速度」が伝わるわけだ。
これを読み終えた時、非常に「停止」感を抱いた。
つまり、動いている世界がいきなり止まり、現実世界に引き戻された、という稀有な体験がこの掌編では可能なのである。
シュウォッブは早世の天才であり、ポーやクィンシーの系列に入る。
つまり、ボルヘスなどの幻想文学と連関している。
ボルヘスほど衒学的ではなく、むしろイマージュの世界を重要視している。

「眠れる都市」と「081号列車」

「眠れる都市」も極めて謎めいた作品だ。
私はシュウォッブがユダヤ系であることと、この短編集から把捉される幾つもの神秘的なコードには何か因果関係があると考えている。
「眠れる都市」では、その都市で暮らす全ての人間の動作が停止している、という光景が登場する。
全く動かないわけだ。
それが静謐に描かれており、また「眠れる都市」という本も、人跡未踏の砂漠から発掘されたという設定である。

「081号列車」は列車の物語で、これはむしろ怪談に近い。
180号列車の運転手らが、線路の隣で自分とは完全に逆さまの081号列車を目撃するというものだ。
この列車の乗客は、180号の乗客の「鏡像」である。
これはどこかボルヘス的な「鏡の迷宮」を、都市の交通網に置換したような作品で、いずれにせよ印象深く謎めいている。
シュウォッブは現代文学において更に再評価されねばならない存在者といえるだろう。

 

Marcel Schwob
(Marcel Schwob, 1867年8月25日 - 1905年2月26日 )はフランスの作家。ユダヤ人。


「略歴」

ナントの裕福な家庭に育つ。パリに出て、リセで数カ国語をすぐにマスターする。次いでエコール・ノルマル・シュペリウールに入学し、文学士と1級教員の資格を得る。17歳のとき読んだロバート・ルイス・スティーヴンソンの『宝島』に感銘を受け、それがシュウォッブの小説のモデルのひとつとなる。また、隠語(特にフランソワ・ヴィヨンが詩のなかで用いた15世紀の盗賊団の隠語)の研究にも情熱を傾ける。彼の生み出した一連のコントは、散文詩ともつかぬ特異な文学形式を備えており、来るべき20世紀の文学が採用した形式を先取りしていた。例えば『モネルの書』はアンドレ・ジッドの『地の糧』を、『少年十字軍』はウイリアム・フォークナーの『死の床に横たわりて』を予告していたし、ホルヘ・ルイス・ボルヘスもシュウォッブに多くを負っている。シュウォッブの先駆性は、近代小説の単線的な語りに対し、「わたし」という自己の複数性を語りの方法にそのまま採用したことに求められる。1895年に出会った女優のマルグリット・モレノと1900年に結婚するが、しかしその結婚生活は幸せではなかった。彼は自分の運命から逃れようとするように、イギリスのジャージーから、スティーヴンソンが死ににやって来た太平洋のサモアへと船出し、1901年から1902年サモアに滞在。1905年没。 仏訳書にスティーヴンソンの『怪奇短編集』やトマス・ド・クインシーの『エマニュエル・カントの最後の日々』がある。


「主要作品」

『フランス語の隠語についての研究』Étude sur l’argot français (1889)
『二重のこころ』Cœur double (1891)
『黄金仮面の王』Le Roi au masque d’or (1892)
Mimes (1893)
『モネルの書』Le Livre de Monelle (1894)
Annabella et Giovanni (1895)
『少年十字軍』La Croisade des enfants (1896)
『随筆集』Spicilège (1896)
『架空の伝記』Vies imaginaires (1896)
La Légende de Serlon de Wilton (1899)
La lampe de Psyché (1903)
Mœurs des diurnales (1903)
Le Parnasse satyrique du XVe siècle (1905)
『フランソワ・ヴィヨン』François Villon (1912)
Chroniques (1981)
Vie de Morphiel (1985)
『未発表書簡集』Correspondance inédite (1985)
Correspondance Schwob-Stevenson (1992)
Dialogues d'Utopie (2001)
『サモアの方へ』Vers Samoa (2002)