ラシーヌ 『ブリタニキュス、ベレニス』

ジャン・ラシーヌ『ベレニス』について

主要な登場人物を紹介しておく。

 

○ ベレニス…パレスティナの女王
○ ティチュス…ローマ皇帝
○ アンティオキュス…オリエントのコマジェーヌの王



この物語は、男と女と男という三つ巴が織り成す悲劇である。
ベレニスとティチュスは相思相愛で、アンティオキュスはベレニスを密かに愛している。
アンティオキュスは実らぬ愛を自覚しつつ、しかも皇帝ティチュスへの忠誠を誓いつつも、密かにベレニスに想いを寄せている。


しかし、ティチュスはローマの因習には逆らえずに、異邦人の女王であるベレニスとの結婚を破棄しようとする。
物語はティチュスの父ヴェスパシアン皇帝が崩御した夜から幕開けする。
ティチュスはローマの因習を背負い、王として異邦人の女王を娶らずに生きていくか、それともローマに逆らって犠牲的な愛を選択するか、という大いなるな苦悩のさ中に立たされるわけだ。

そこでティチュスがかねてから信頼していたアンティオキュスに、仲立ちを頼むのである。
ベレニスへの別れを、間接的に彼を使って果たそうとするわけだ。
これが逆効果となり、密かに片思いを寄せていたアンティオキュスは、二人の恋中を裂こうとする「陰謀」だとベレニスに勘違いされてしまう。
二人の若い王は共に人間が感じる「愛」ゆえの最大の苦痛と懊悩に支配されており、物語は終始、緊迫して劇的に展開される。

三人がどうなったのかといえば、それは三つ巴の終焉である。
つまり、ティチュスは結局、一度別れを告げたにも関わらず、更にベレニスの愛を欲するのだ。
彼はローマとベレニスを同時に手に入れようとする。
だが、既に一度拒まれたベレニスは、最愛のひとからの愛の宣告を厳しく拒否する。
二人の愛は、ローマの政治的な掟によって崩壊したのだ。
最後に、アンティオキスが二人の前で、自分もベレニスを愛していたことをささやかに告げる。
これにティチュスは驚愕する。
そして、三つ巴は終わり、誰もがこの悲恋で自殺を選ぶことなく、それぞれの「忘却」を生き始める。

邦訳で読んだが、おそらくラシーヌは凄まじいパッションを宿して書いていたのだろう、文体は跳ねるようで、心理の動きも怖ろしいほどに生々しい。
愛している男が、愛されている女に愛を語る時の、非常に非論理的で動揺した台詞、
「私はローマと決別する!」→
「然り!私はベレニス、貴女だけでいいのだ!」→
「しかし、私はやはり皇帝の法には逆らえぬ!」→
「だが!私には貴女しかいないのだ!」など、随所に迫真的な心理描写が描き込まれている。

私が感じたことは、アンティオキュスという暗くて孤独な片思いする王への、ベレニスの冷たさである。
ベレニスは彼に極めて冷酷に接している。
いわば、彼が自分に愛を寄せていることを知っているにも関わらず、「友人」として接するわけだ。
第一幕で最初に登場するのは、何故かアンティオキュスである。
だが、相思相愛であるティチュスとベレニスにはどうしても勝てないのである。
それを彼は知っているにも関わらず、やはりベレニスのことが気になって仕方がないのだ。

展開で重要な「橋渡し」を演じたアンティオキュスは、この物語にとって必要不可欠な存在である。

ベレニスという女性は、実在したようだ。
史実とかなり差異があるそうで、これが後年に長い批判となったという。
だが、ラシーヌはこれを「変形」して描いている、と解説には書かれている。
実際のティチュスも「第二のネロン」といわれたほどの悪政をしていたそうだが、いわばこの「ベレニスとの恋」によって、善政へと目覚めるのである。

『ベレニス』には、このように「政治」と「恋」という主題がある。

また、私が感じたことだが、ベレニスの感情の動きも興味深い。
彼女は一度、最愛の男性から別れ話をされると、今度はもう彼を激しく突き放し始める。
愛していた分だけ、今度は感情を弄ばれたという復讐と憎悪が芽生えたのだ。
彼女は「死」の観念に直撃されつつ悲嘆するが、その彼女を我に帰らせる存在となったのが、やはりアンティオキュスの最後の「告白」であった。
ラシーヌは、「女性の心がわり」の繊細さを若い男性読者に語りたかったに違いない。

「ローマ」という語を、ラシーヌは女性名詞として書いている。
つまり、ティチュスは女性「ローマ」と女性「ベレニス」に二股をかけているのだ。
そして、彼は皇帝らしく、同時に二つを獲得したいと願っている。
が、これをベレニスは断じて赦さない。
「私か、国家か」の二者択一を若き皇帝に宣告するのだ。
そして、結局、彼は結末を見てもわかるとおり、「国家」を選んだのだ。
だから、この作品のテーマは、「真実の愛の難しさ」かもしれない。

実際、冒険的な愛を夢見ても、社会から逸脱したり、家族や友人との縁を全て切断するという「犠牲」を冒してまで、その「愛」を手に入れたいと思えるような人間がどれだけ存在するだろうか?
こういう愛は、神話的ではないのだろうか?
ラシーヌはそれを告げたのかもしれない。
少なくとも、ティチュスが背負っていたローマの掟は、現代にも形式を変えて存在するだろう。

『ブリタニキュス』について

この作品でも、やはり三つ巴が展開される。
ただ、『ベレニス』と異なり、『ブリタニキュス』はいっそう悲劇的である。

少し仔細に人物を紹介しておこう。

 

○ネロン

父親はグナエウス・ドミティウス・アエノバルブス。
母親はアグリピーヌ。
クラウディウス帝の養子になる前の名前はドミシユス・アノバルビュス。
後世、カリギュラらと並んで「怪物」と称された、あの暴君ネロが主役である。

○ブリタニキュス

クラウディウス帝の子で、ネロンより三つ年下の義理の弟。
平和を愛し、善政を重視する理想的な青年である。
が、ネロンが皇帝の座についてからは、政治的な危機に直面していた。

○ジュニー

理不尽な政治的失墜を経験し、苦悩に襲われていたブリタニキュスを愛する心優しい女性。
ジュニーとブリタニキュスは相思相愛であったが、それを嫉んだネロンがこの愛を破壊しようとする。



このように、『ベレニス』に類似した三つ巴の構図が展開される。
ネロンは一方的にジュニーを愛する。
ブリタニキュスとジュニーの相思相愛は、いわば似た者同士の愛である。
二人ともネロンの戴冠を契機に世の憂き目にあっていた。
そうした「涙の絆」を、皇帝は羨むのである。

この作品において、ブリタニキュスとジュニーの愛は、ほとんどキリスト教的な聖性を感じさせるほど静謐で、控え目で、無垢な純愛である。
というのは、おそらくラシーヌの出自と関係があるかもしれない。
ラシーヌは孤児になり、幼少時代から厳格なカトリックの教育を受けてきた。
いわば、若い男女のこの密かな愛に、ラシーヌは神の現存を描いているとも考えられる。

だが、特筆すべきはネロンである。
実は、ブリタニキュスの後見役に、ナルシスという名の男がいた。
この男は、若い彼の相談に色々と忠告を与えたりするのであるが、実はこのナルシスはネロンと密約を交わした悪臣である。
本作で常にネロンを悪へと誘引するのは、ナルシスである。
ところで、ネロンの後見役はセネカの代わりに来たビュリュスである。
ビュリュスはナルシスと異なり、ネロンを善へ誘引する賢臣である。

この作品については、ロラン・バルトが『ラシーヌ論』で詳細な読解を行っているそうだ。
バルトによれば、ネロンの口ぶりには一つの特徴があるのだという。
それは、「恋愛のディスクール」と呼ばれているものだ。
ネロンはジュニーに対して、彼女をひたすら愛するような甘美な言説を巧みに用いる。
だが、彼の心はそれとは裏腹に怪物的である。
この二重性は、デリダが述べていた「パルマコン」として概念化できるかもしれない。
つまり、毒薬でありつつ、反面では名薬でもあるような存在である。
ラシーヌ自身は、ネロンの本質を「抱擁=接吻」として表現している。
そこにバルトは「毒薬(poison)」を付け加えて解釈したようだ。

ネロンとセネカについての問答も別の作品に存在する。
擬セネカの『オクターウィア』だ。

 

ネロ 皇帝は怖れられねばならぬ

セネカ むしろ、愛されるべきです

ネロ 必要なのだ、怖れられることこそ



このような一行ずつの詩句のスリリングな掛け合いをギリシア語で「スティコミュティア」と呼ぶ。

私が『ブリタニキュス』を一気に集中して読み終えた今、感じることは、この作品にはまだまだ奥深い謎があるということである。
まず、ネロンとは一体何なのか?
暴君だろうか、それとも相愛する男女に嫉妬するただの孤独な少年だろうか、或いは、サタンの化身であろうか?
危機的状況下で繰り広がれられるブリタニキュスとジュニーの「恋の悲壮感(pathetique)」は素晴らしい。
だが、ネロンはどうして、皇帝でありながら、些細な弟の恋愛にまで手を出したのか?
ネロンであれば、ジュニーと同じほど端麗な女性と新しい恋愛を始めることもできたはずである。
それとも、ネロンは醜かったのだろうか?
作中で、実はネロンの「容姿」についてはあまり語られていない。
ただ、ブリタニキュスがこれほどジュニーに愛されるということからして、そして彼女がネロンには常に「恐怖」を感じていることからして、おそらくネロンには独特な圧迫感が漂っていたのだろう。
ブリタニキュスは、女性から好かれ易く、政治的危機に瀕しているとはいえ、高い地位にあり、そして容貌は甘くハンサムだ。
対して、ネロンは権威主義的な母親アグリピーヌの尻に敷かれ、マザーコンプレクス的な不気味さを感じさせる、どこか幼稚で狂的な側面を持つ、哀れな孤独者である。
だが、どちらの地位が高いかといえば、ネロンである。
おそらく、ネロンはブリタニキュスほど容貌に恵まれなかったのだろう。
ネロンの性格の屈折した部分は、きっと顔にも現れていた。
ジュニーがネロンを怖れるのも無理はない。
だが、私は何故か、ブリタニキュスよりも、ネロンに感情移入して読んだのだった。

ブリタニキュスとジュニーの愛を、仮にカトリックの普遍的な恋愛と呼ぶとしよう。
すると、ネロンの嫉妬は、「嫉み」の罪である。
ネロンはここで、ラシーヌがカトリックであることを鑑みても、明らかにアンチ・クリスト的存在である。
なるほど、そう見れば、確かにネロンは最初から最後まで、「悪」として描かれている。
ナルシスに誑かされ、心理的に狂気へと追い詰められていく部分もあるが、ラシーヌは最初からネロンを反キリストの系列に入れてきっと書いている。
すると、ネロンとは要するに、サタンの象徴になってしまう。
つまり、神話化するのだ。
換言すれば、ネロンには、ネロンゆえの「悲哀」や「孤独」といった人間的な側面が描かれていないのである。
ブリタニキュスとジュニーは、政治的な苦境(現代でいえば、いわば仕事の突然の喪失や、財産の消尽などだろうか)に襲われている。
他方、ネロンはエリートサラリーマンで、若いのに既に豪邸を築き上げ、何人もその財力によって女性たちを取り込んできた。
だが、それは真実の愛ではなかったのだろう。
だから、ネロンはジュニーを、いわば一人の高級娼婦を愛でるように愛するわけである。
対して、ブリタニキュスにとっては、ジュニーだけが唯一の聖女なのだ。
つまり、彼はジュニーを真実の、何の穢れもない無垢な愛の対象としてみている。
それをジュニーも感じ取っているからこそ、二人は苦境においても互いに慰めあい、そして愛に燃え上がることができたのだ。
ネロンはこれに嫉妬する――つまり、彼は真実の愛が何かを知ることがなかったのだ。
彼はそれを欲していたのである。
こういうとき、おそらくあらゆる男性に二つの選択肢が少なくとも用意されている。

それは、ジュニーを諦めて、私も真実の愛を求める男性になってみよう、という道。
もう一つは、私を邪魔する存在である恋敵は、殺してしまおう、という道。

この二つはいずれも極端な道であるが、ネロンはどうして前者のコースへ疾駆できなかったのか?
ネロンがもしも「真実の愛」に飢えているなら、彼はそれをローマの女性たちから探すべきであったろうに。
そして、それができないネロンではないはずだろう。
が、ネロンは史実としても後者を選んだようである。

この作品の最後で、ブリタニキュスは毒殺されてしまう。
そして、不穏な夜で終幕する。
つまり、ネロンの暴走はこれから始まる――そこで終幕なのだ。

今でも謎なのは、やはりネロンの存在の「意味」である。
彼は何がしたいのだろうか?
「衝動」のみに依存して、「力への意志」のさ中に屹立しているのだろうか?
もしもニーチェの思想を具現化した人物が有史以来、一人でもいるとすれば、それはラシーヌがこうして芸術化させたように、後世のアーティストに強烈な印象を与え続けてきた若き狂帝ネロの他ないのではないか。

 

ジャン・ラシーヌ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ジャン・ラシーヌジャン・バプティスト・ラシーヌ(Jean Baptiste Racine,1639年12月21日誕生、12月22日受洗 - 1699年4月21日没)は、17世紀フランスの劇作家で、フランス古典主義を代表する悲劇作家である。

シャンパーニュ地方出身。幼少時に両親を亡くし、ジャンセニスムの影響下にある修道院の付属学校で、厳格なカトリック教育を受ける。ラシーヌはこの学校で古典文学に対する教養と、ジャンセニスムの世界観を身につけた。このことは後のラシーヌの作品に深い影響を及ぼした。

その悲劇作品のほとんどは、三一致の法則を厳格に守り、主にギリシア神話、古代ローマの史実に題材をとる。『旧約聖書』に題材をとるものを、ラシーヌは悲劇とせず史劇と呼んだ。

ラシーヌは均整の取れた人物描写と劇的な筋の構成を、アレクサンドラン詩行と呼ばれるイアンボス6詩脚の丹精で華麗な韻文に綴った。後期の『聖書』を題材とする作品を除けば、ラシーヌの劇は、二人の若い恋人を中心とするものが多い。二人は愛し合っているが、女性が王など高位の男性に望まれる、あるいは二人が敵対しあう家系にいるなどして、恋愛は成就しない。この葛藤がラシーヌの悲劇の中心となる。これに第三者の嫉妬、政治闘争などが加わり筋が複雑になり、最終的に二人の恋は成就せず、主人公の死をもって幕が下りる。

またラシーヌは自身の作品を印刷に付し刊行する際、必ず書き下ろしの序文をつける習慣があった。このためラシーヌの作品は、たんに悲劇としての価値のみならず、演劇論としての価値をももつ。ラシーヌの詩論のなかではオスマン帝国の皇位継承争いを題材にする『バジャゼ』につけた序文での「悲劇の題材は観客から適切な隔たりをもつものでなければならない。この隔たりは神話や古い歴史のような時間的な隔たりだけでなく、時間的にはあまり遠くないがわれわれの風俗になじみのない距離的な隔たりであってもよい」とするものなどが知られる。

ラシーヌの代表作として今日もなお上演されるものには『アンドロマック』、『ベレニス』、『フェードル』などがある。


作品

括弧内は順に原題、形式、初演年を示す。

『ラ・テバイード 又は 兄弟は敵同士』(La Thébaïde ou les frères ennemis , 5幕悲劇、 1664年)
『アレクサンドル大王』(Alexandre le Grand, 5幕悲劇、 1665年)
『アンドロマック』( Andromaque, 5幕悲劇、1667年)
『訴訟狂』(Les Plaideurs, 3幕喜劇 1668年)
『ブリタニキュス』( Britannicus, 5幕悲劇、1669年)
『ベレニス』( Bérénice, 5幕悲劇、1670年)
『バジャゼ』( Bajazet, 5幕悲劇、1672年)
『ミトリダート』( Mithridate, 5幕悲劇、1673年)
『イフィジェニー』(Iphigénie , 5幕悲劇、1674年)
『フェードル』( Phèdre, 5幕悲劇、1677年)
『エステル』(Esther, 3幕史劇、1689年)
『アタリー』(Athalie, 4幕史劇、 1691年)

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