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ニーチェ 『反キリスト』、『この人を見よ』

ニーチェの『反キリスト者』を読了したので、レジュメを作る。
私はきっと来年の今頃はカトリックのクリスチャンとして世界を生きている。
洗礼前の今だからこそ、私は本格的にニーチェの本書を解体することを決意した。

 

 キリスト教は、すべての弱いもの、低劣なもの、出来そこないのものの味方となってきた。(五節) 



冒頭間もなく、ニーチェはそういう。
全て弱いひと、苦しんでいるひと、病床にふしているひとのために祈るのが、キリスト者である。
イエズスは弱いひとは強められ、強いひとは弱められる(高いひとは低くされ、低いひとは高くされると同義)と述べている。
したがって、キリスト者が弱者の味方になるのは当然である。

 

 すなわち、私の主張はこうである。現今人類がその至高の願望をそのうちに一括しているすべての価値は、デカダンスの価値である。(六節) 



<デカダンス/頽廃>は本書のみならずニーチェ思想の主要コンセプトの一つである。
キリスト教が弱者の味方をする限り、本質的に頽廃と連結する、と彼は述べている。
しかし、ここで既にニーチェは重大な誤謬を犯している。

 

 権力への意志を欠くところには、衰退がある。(六節) 



訳文では明確に「権力」と述べられている。
しかし、正確には「力」であって、政治的権力とは相容れない概念である。
キリスト教は「力」を求めない。
「力」は神の属性であり、神は全知全能である。
したがって「力」へ自由意志を向かわせることは、神の似姿としての人間を神そのものへ近付けるような危険を孕む。
しかし、ここでニーチェがいう「力」が、二項対立的関係から発生する津波のような概念であるとすれば、確かにキリスト教にはニーチェのいう「力」の概念は存在しない。
ニーチェのテクストはディオニュソス的芸術―アポロン的芸術、超人―畜群、ツァラトゥストラ―イエズス・キリストなどといった二項対立関係を常に登場させる。
本書でもニーチェの「力」はこの対比から迸っている。

 

 仏教は、善悪の彼岸に立っている。(二〇節) 



ニーチェはここで、仏教とキリスト教をまたしても対比させる。
「対比」/「二項対立」式の思考フレームは、いわばニーチェ的ツールである。

 

「キリスト教」
・罪に対する闘争=罪の赦し

「仏教」
・苦に対する闘争=苦からの解放



キリスト教においては、善=神である。
しかし、仏教において、神の概念は除去されている、とニーチェは述べる。
したがって、「善=神」「悪=サタン」というキリスト教道徳的善悪二元論は、仏教には存在しない。
この限りで、ニーチェは、仏教が道徳概念の自己欺瞞を既に己の背後に置き去りにしている、と述べている。
善悪二元論といったフレームに、仏教は依存していないとするのだ。
したがって、仏教は善悪の此岸ではなく、彼岸に立っているというのである。

ここでニーチェ的思考フレームの弱点が見出される。
彼はキリスト教道徳を批判するために、仏教を登場させている。
仏教という他項をキリスト教と対置させることでしか、思考を発展できないのである。
これは前ヘーゲル的である。

ニーチェは仏教には好感を抱いている。

 

 快活、静寂、無欲が最高の目標としてめざされ、しかもこの目標が達成される。仏教は、ただ完全性の獲得をのみ熱望するような宗教ではない、すなわち、完全性が常態なのである。(二十一節)



 

 ヨーロッパはまだまだ仏教を受けいれるまでに成熟してはいない。(二十二節) 



以下で、ニーチェはまたしても誤った信仰観を披露する。

 

 たとえば幸福が、罪から救われたと信ずることのうちにあるとすれば、そのための前提として必要なのは、人間が罪ある者であるということではなく、おのれを罪ある者と感ずるということである。しかし総じてなによりも信仰が必要であるとすれば、理性には、認識には、探究には不信がおかれざるをえない、すなわち、真理への道は禁ぜられた道となる。(二十三節) 



信仰と理性を対比させているのである。
またしても二項対立式陥穽にはまっているわけである。
信仰は理性の下部構造にあるので、ロゴス的学問はその上に成立可能である。「神の死」という概念でさえもが、キリスト教的有神論を基礎に持つことが可能なのである。
ニーチェは「パトス―ロゴス」という単純な対比によって信仰を前者と等号で結んでいる。

 

 「神との和らぎ」を取り戻す手段は、当然のことながら、僧侶どもへの服従がただいっそう根本的に保証される手段にほかならない。(二十六節) 



そうではない。
「神との和らぎ」は絶対的に僧侶、すなわち神父、牧師には依存しない。
「神との和らぎ」を赦しの秘蹟だと解釈すれば、確かにそれを執り行うのは神父である。
しかし、「神との和らぎ」は個人の自由意志から産出する。
それは、祈りである。
したがって、「服従」などという主従関係は存在しない。
仮に「奴隷」が存在するとすれば、それは神に対するキリスト者の態度、信仰表明としての「神の奴隷」「主イエズス・クリストの僕」である。それも露骨に服従関係を示す「奴隷」というよりは、「子羊/牧人」の関係なのである。
そもそも、カトリック教会が持つ、ローマ教皇を頂点としたヒエラルヒーは、本来は精神的に逆ピラミッドなのである。
つまり、司祭よりも司教が、司教よりも枢機卿が、枢機卿よりも教皇が、いっそう「己を謙遜して低くする」のである。
ニーチェはこの「謙遜/謙虚」というキリスト者にとって重要な概念・態度を見過している。
それはニーチェの明らかな怠惰が原因である。
なぜなら、ルターの文献は当時も流通していたであろうし、ルターは『生と死の講話』の中で「フミリアティオ(謙虚にされた自己卑下)」という意識的姿勢について言及しているからである。
そもそも、おとめマリアが神にイエズスの母として選別された理由は、彼女がフミリアティオを完璧に行為化していたからである。
このように、「低いものは高くされる」「傲慢なものは下げられる」という教えはイエズスの御言葉にも端を発しており、ニーチェにはそういった意識的態度が「デカダンス」へ繋がると感じられたようだ。
しかし、私からいえば、ニーチェのような二項対立式のユダ的懐疑主義こそが、頽廃への道である。
したがって、彼の以下の言葉は取るに足らない空虚さに満ちている。

 

 「神は、悔い改める者を赦す」という最高命題は――わかりやすくいえば、赦されるのは僧侶に服従する者。 



他方、ニーチェはユダヤ教の延長としてキリスト教を規定する。

 

 ナザレのイエスの名を冠せられている小さな暴動は、ユダヤ的本能の繰り返しである・・・(二十七節) 



ユダヤ教とキリスト教は旧―新として互いに関与している。
ユダヤ教における律法主義が生み出した罪を、イエズスは知っていた。
パウロによれば、双方の決定的差異は、十字架の有無である。
パウロはキリスト教を十字架の神学として規定する。
ユダヤ教の聖典には旧約がある。
キリスト教の聖典にも無論それらがあるが、イエズスの御言葉は新約聖書にこそあり、いわば新約聖書のために旧約聖書は存在しているのである。
原始キリスト教は当時、ユダヤ教ナザレ派などと呼称されていた。
それは、キリスト教がユダヤ教と根本的に異なりつつ、フレームとしてはその延長的形態だからである。
したがって、ニーチェのように短絡的に「ユダヤ的本能の繰り返し」だと断定することはできない。
そもそも、「本能」の意味内容を明確に提示しないで、それを使用することは哲学者としては失格ではないのか。

最も私が本書で驚愕したのは、ニーチェの以下の発想である。

 

 低級の民衆を、排斥された者や「罪人」を、ユダヤ教内のチャンダラを支配的秩序に対する反抗へと召集したこの聖なるアナキスト――福音書に信用がおけるとしてのことだが、彼は、今日でもなおシベリア流刑の浮き目を見るかもしれない言葉で彼らを召集したのであり、まさしく政治犯が背理にも非政治的共同体のうちで可能であった限りでは、一人の政治犯であった。このことが彼を十字架にかけたのである。その証拠には、十字架のうえにそう書かれてある。彼はおのれの罪のために死んだ、――たとえ彼は他人の罪のために死んだとしばしば主張されてきたにしても、彼がこのために死んだ根拠はなんらない。(二十七節) 



ニーチェはキリストの贖罪死を個人の罪のレヴェルにまで下降させている。
これは極めて冒涜的な表現であり、一切のキリスト教的信仰の恵みを放棄する彼の恐るべき宣告である。
キリスト教においては、イエズス・クリストは全人類の罪を贖って自ら御受難に向かわれた。
そして、彼は既にゲッセマネの園で自分に降り注ぐ全ての受難を知っていた。
主が最も人類のために懊悩された有名な箇所である。
キリスト教には、主イエズス・クリストのこの「贖罪」という極めて重要な概念がある。
この贖罪死/十字架上のイエズスによって、世界の罪は贖われたのである。
しかしニーチェは「その根拠はない」という。
これは根拠を探しても見出されない。
なぜなら、信仰は目には見えないものであるから。
神が目に見えないものであるのと同じく、イエズスが全世界の罪の贖いをしたと信じるのは、信仰の恵みが成すものだからであり、証拠や証言に依存するものではないのである。
あれほどイエズスが病者を塗油し、盲人に光を与えたのは、この点からも大きな意味を帯びる。
つまり、ニーチェは盲人なのだ。
彼は信じていないから、証拠を探すのである。
イエズスが全人類の罪を贖ったという根拠の提示を求めるのだ。
しかし、信じる者、すなわちイエズスの御言葉を信じ、彼が述べた最高の美しい教えである「汝の敵を愛しなさい」「隣人を自分のように愛しなさい」を信じ、自己中心的ではなく他者中心的(自己犠牲的)に生きる者には、最早目に見える証拠など必要ない。
ニーチェは目が見えてないが故に、あちこちとキリスト教の内部を詮索する。
しかし、それは彼が最初から瞼を開かないと決意してしまっている以上、常に盲目のままである。
ニーチェはおそらく、ユダでさえない。
ニーチェは「盲人の癒し」の挿話において、イエズスの御手を拒んだ盲人である。
彼は反キリストでさえない。そう自称しているだけに過ぎない。

 

 まさしくあらゆる格闘への、闘争しつつあるとのあらゆる自己感情への反対こそ、福音書では本能となっている。抵抗することの無能力がここでは道徳となるのである。(二十九節) 



ニーチェ的な表現に注意しなければならない。
まず、福音書に「本能」という言葉は不適切である。
格闘、闘争、戦争、争い、論争などに対してキリスト教がそれらから離れるのは、剣持つ者は剣で滅びるからであり、同時に争いからは何も生まれないからである。
「抵抗することの無能力」とは、ニーチェ的表現であるが、イエズスの御言葉を使うなら、「迫害する者のために祈りなさい」「右の頬を打たれたら、左の頬をも向けてやりなさい」である。
ニーチェはそもそも、語彙のレヴェルでも決定的にキリスト教に対して勉強不足であるといわざるをえない。

 

 「神」を創造した・・・(三十一節) 



神が創造したのではなく、「神」を創造した、とする。
つまり、「神」を創造したのは人間であるとニーチェは主張するわけである。
この手の反神学的倒置法はパウル・ツェランの詩にも見出される。

「私たちは、主のために、祈ります」
        ↓
「祈りなさい、主よ、私たちのために」


ニーチェは「神の死」を宣告したとされるが、実際はそれを明確に概念化しているわけではない。
それはいわば歌であり、彼の二項対立式思考フレームのスローガンである。
概念なきところに哲学はない。
ニーチェはむしろ詩人である。

 

 文化は彼には噂によってすら知られていない、彼は文化と戦うなんらの必要もない・・・(三十二節) 



確かに福音書においては、イエズスが芸術に対して何かおっしゃられるような挿話はない。
否、それ以上のことをいっているので、芸術論をも全て内包しているはずである。
これは文化と信仰が相容れないものではないということである。
キリスト教には長い芸術としての歴史がある。
それは音楽、絵画、文学、映画・・・と多岐に及んでいる。
要するに、キリスト教は文化の母胎でもあるのだ。

 

 「天国」は心の状態である、――「地上のかなたに」ないしは「死後に」やってくる或るものではない。・・・「神の国」は、なんら待望されるようなものではない。それは、昨日をもたず明後日をもたず、「千年」待ったとて来ることはない、――それは心の経験である。それは、いたるところに現存し、どこにも現存していない・・・(三十四節) 



鋭い発言だ。
「神の国」を全否定して心理学的に還元している。
要するに、これは心の問題である。
信仰とは心のありようを今よりも少しでも良くするために生み出された、いわば人類の智慧なのだ。
したがって、宗教を精神分析学的に解体するのは誤りである。
宗教、とりわけキリスト教は「心の穏やかさ」を重要視する。
<嵐>ではなく、<凪>である。
そして信仰においては、<凪>が<嵐>を内包している。

 

 今日キリスト者であることは、非礼なのである。そしてここで私の嘔吐がはじまる。(三十八節) 



ニーチェはキリスト教が「神」「神の国」「罪の赦し」などといった概念を捏造したとしている。つまり、ニーチェ的視座に立てば、キリスト教的な神とは、「神のシミュラークル」である。これは注意点である。なぜなら、「捏造」というのは、虚構を生み出すことであって、虚構が存在する以上、本質も存在するからである。したがって、「捏造」という限り、ニーチェは未だ有神論的である。「神の死」を宣告した人間にはあるまじき発言といわざるをえない。

 

 すでに「キリスト教」という言葉が一つの誤解である――、根本においてはただ一人のキリスト者がいただけであって、その人は十字架で死んだのである。「福音」は十字架で死んだのである。この瞬間以来「福音」と呼ばれているものは、すでに、その人が生きぬいたものとは正反対のものであった、すなわち「悪しき音信」、禍音であった。「信仰」のうちに、たとえばキリストによる救済の信仰のうちに、キリスト者のしるしを見て取るとすれば、それは馬鹿げた誤りである。たんにキリスト教的実践のみが、十字架で死んだその人が生きぬいたと同じ生のみが、キリスト教的なのである・・・今日なおそうした生は可能であり、ある種の人たちにとってはそのうえ必然的ですらある。(三十九節) 



ニーチェはいう。
「キリスト者は有史以来、一人しかない」と。
そして、それはイエズス・クリストただ一人に過ぎないと。

 

 実際のところ一人のキリスト者も全然いなかったのである。「キリスト者」なるものは、二千年来キリスト者と呼ばれているものは、たんに心理学的な自己誤解に過ぎない。(三十九節) 



ここでまたしてもニーチェは心理学的にキリスト教を還元している。
確かにキリスト者は他者中心主義的であり、自己犠牲的であり、その延長においては他者のために罪の贖いを欲しさえするだろう。
例えば、線路に落ちた泥酔者を助け出し、自分は電車にはねられて死ぬ行為、これは見ず知らずの隣人の命を守るために、自己の命を投げ出す、いわば究極のキリスト者的実践である。
また、銀行強盗が侵入した店舗において、他の従業員の命を守るために、自ら率先して犠牲者になる行為、これもキリスト者的実践である。
ここで働いているのは、命を隣人のために神に贈与するというものである。
これは贈与論である。
アブラハムとイサクの挿話においては、アブラハムは息子イサクを神に犠牲として差出し、同時にその愛する息子を贈与された。
ここには一度人間が神に差し出したものを、神が受け取り、それ以上のものを与え返すという、いわば「二重の贈与」(デリダ)が見出される。
そこで、再び電車の話に戻る。
線路に落ちた泥酔者を担ぎ上げ、自分を犠牲にしてでも彼をこそまず救い出そうとする行為においては、やはり贈与関係が発生している。
彼は助けた、しかし、彼は命を失った、この命は見ず知らずの隣人を救うために代償として神に捧げられた。
この彼の命の贈与に対して、神は彼に永遠の命を約束する。
この信仰的基盤を与えるのがキリスト教的福音である。
したがって、この瞬間の彼は、全人類の罪を贖うために自分の命を神に差し出した主イエズス・クリストを反復している。
いわば、ここでキリスト教の下部構造に存在するプラトニズムが顔を覗かせるのだ。
すなわち、イエズスの贖罪死は原型である。
これに対し、キリスト者の殉教はその変奏である。
だから有史以来、キリスト者はイエズス唯一人と断定することはできないのである。

 

 キリスト者となることは、誰にでも勝手にできることではない。人は、キリスト教に「回心する」のではない、そのためには十分病弱でなければならないのである・・・(五十一節) 



ニーチェはこの辺りで極めて悪辣な表現を用いている。
彼はカトリック教会を「気狂い病院」と呼び、地球も総じてそうであると断言する。そしてキリスト者は典型的デカダンだと規定する。
晩年のニーチェの思考の激烈さを表している文章だが、結局彼は冒頭を繰り返しているに過ぎない。
要するに、キリスト教は弱者のための慰めだという短絡的な思考回路である。

 

 「信仰」とは、何が真であるかを知ろうと欲しないことである。(五十二節) 



ライプニッツは「理性」と「信仰」は一致すると断言した。
彼の研究は多岐に及ぶが、基盤には宗教哲学が存在している。
ニーチェは「理性」と「信仰」は相容れないといっている。
どちらか一方しか彼は選択できないのである。
しかし、信仰が人間の基盤であり、その上に理性、すなわち科学が築かれるのであるから、ニーチェはここでも一方的である。

本書は六十二節まで存在するが、それら全てはキリスト教を表面的にしか認識しておらず、どれも非論理的で攻撃的である。
したがって「まとめ」などをここで綴ることなどできそうもない。
ただ、ニーチェのキリスト教に対する考え方は、要旨としてまとめると以下の三点であろう。

 

Ⅰ:キリスト教は神を捏造した
Ⅱ:キリスト教は強者に対する弱者のルサンチマンを源泉とする
Ⅲ:キリスト教を真に実践できた人間は、イエズス・クリスト一人であるに過ぎない



 




 



 

この人を見よ (岩波文庫) この人を見よ (岩波文庫)
(1969/01)
ニーチェ

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 『この人を見よ』が書かれたのは1888年の秋、ニーチェ(1844‐1900)44歳のときであり、以後彼は死の年まで11年間を狂気の闇に生きることになる。
この破天荒な自伝は、あらゆる価値の根本的転換を説きつづけたニーチェの全思想について自らなされた解明であって、われわれはこれによって彼の内面的全体像を把握することができる。
 



 

 なぜわたしはこんなに賢明なのか
なぜわたしはこんなに利発なのか
なぜわたしはこんなによい本を書くのか(悲劇の誕生;反時代的考察;人間的な、あまりに人間的なおよび二つの続篇;曙光;たのしい知識;ツァラトゥストラ;善悪の彼岸;道徳の系譜学;偶像のたそがれ;ワーグナーの場合)
なぜわたしは一個の運命であるのか
 



ニーチェに対して、私はこれまでキリスト教的な視座に立って論駁形式のプロトコルを残してきた。
しかし今や、私は何らかの形式で、ニーチェの遺産を「相続」する必要に迫られている。
洗礼の日は、近付いているからである。
ニーチェ……この最高度に危険な詩人、道化、俳優。
イスカリオテのユダは、イエズスをゲッセマネの園で決定的に裏切る符牒として、彼に接吻したと福音書は伝えている。
イエズスが御受難に合われる直前の夜である。
私は告白するが、私は、ニーチェについて、何も最早、語ることができない。
彼は、あまりにも私の魂の深奥に棲み付いているからである。
私にとって、ニーチェが残した最高度の歌は、『この人を見よ』である。
この一冊こそが、ニーチェという一人の男性の、決定的な性格を伝えている。

私はこれから、ニーチェに最期の接吻をする。
彼は、常に「最高の宿敵」を欲し続けていた。
彼の生きた時代には、彼の魂に匹敵し得るほどの大いなる宿敵は出現しなかった。
彼の敵は、ナザレのイエスである。
最初のニーチェたるユダ、最後のユダたるニーチェ…。
ニーチェほど完璧なキリスト教神学者が存在するであろうか?
彼の本から溢れ出ているのは、いわば「ユダの受難」なのである。
彼は身を持ってそれを我々に教え、イエズスへと帰還させる。
ニーチェは、完璧なキリスト者であり、同時に、天才的なアンチ・クリストである。

デリダは、聖アウグスティヌスの『告白』と、ニーチェの『この人を見よ』を併置させ、共に「涙の書」であると述べている。(『盲者の記憶』を参照せよ)
ニーチェは、生涯、カトリックに憧れ続けていた。
彼が「神の死」を宣告してからも、たびたび教会へ足を運んだことは、彼という一人の「受難者」が背負っていた十字架の巨大さを如実に物語っている。
イエズスは、私の後ろに来る者は、それぞれの十字架を背負って来なさい、と告げた。
ニーチェは、これを死ぬまで守り続けた。
ニーチェが背負っていた十字架とは、「反キリスト」でありながら、キリスト教に最後の打撃=強烈な讃美歌を贈与することである。
あらゆるそれ以前の神学者は、「キリスト」の視座からキリスト教に讃美歌を残したに過ぎない。
しかし、ニーチェという「ダイナマイト」は、今後の世界には、最早同じように讃美歌を捧げることが不可能であることを本能的に察知していた。
ニーチェのオルガノン(器官)の中で、最も過敏に発達していたのは、「嗅覚」である。
彼は、キリスト教に終わりが近付いていることを嗅ぎ取っていた。
キリスト教が西洋哲学を支配し、総じて西洋史を牛耳る権力機械として機能してきたと認識していたからである。
しかし、ニーチェの家系はキリスト者である。
彼は、幼少期から教会に通い、故郷レッケンの小村では、その異常な早熟ぶりから、「小さな牧師さん」と周囲の子供たちに囁かれていたという。
少年時代のニーチェは、キリスト教に対して、幾つもの記録を書簡形式で残している。

私がカトリックに入信した最大の発端は、ニーチェである。
ニーチェは極度にキリスト教的なのである。
彼がアンチ・クリストであろうとした、ということが、パラドキシカルに最も彼をイエズスに近しい者としていると感じるのだ。
神はユダが裏切ることを予知していたし、神の子も同じくそれを知っていた。
神にとって、使徒の一人は、絶対に神の子をひとへ引き渡す必要があったのだ。
同じく、イエズスにとって、ユダの裏切りは必要なのである。
そして、私がカトリックの信徒として生きる発端にも、ニーチェが必要だったのである。
ニーチェは信仰の発火源である。

ニーチェとヴァーグナーの出会いが、彼に与えた衝撃は極めて大きい。
ヴァーグナーのディオニュソス的な霊性と、ニーチェの生来の闘争本能が、呼応した。
二つの火花がスパークし、溶け合った。
私がニーチェに未だに巨大な吸引力を感じる由縁は、ひとえに彼の語り方に由来している。
ニーチェの文体は、断言するが、ダンスしているとしか考えられない。
およそこのような天才的なエクリチュールで思考できるような人間は、有史以来ニーチェただ一人であろう。
例えば、『この人を見よ』の「なぜわたしは一個の運命であるのか」の冒頭を見よ。
そこで綴られている(否、舞踏している、というべきだ)文章ほど、怖ろしく魅力的なものが存在するであろうか?

 

わたしはわたしの運命を知っている。いつかはわたしの名に、ある巨大なことへの思い出が結び付けられるであろう――かつて地上に例をみなかったほどの危機、最深処における良心の葛藤、それまで信じられ、求められ、神聖化されてきた一切のものを粉砕すべく呼び出された一つの決定への思い出が。わたしは人間ではない。わたしはダイナマイトだ。(p179) 



ニーチェに対する当時の評価は、ほとんど「無名の陳腐な似非文筆家」といった程度である。
しかし、ニーチェの哲学は、あらゆる批評家に批難され、無視されればされるほど美しく輝いたのだ。
そして、この頃のニーチェは、既に薬漬けになっている。
これを書き終えた年頃から、彼は錯乱を来し、以後はずっと母親の世話を受け、痴呆状態のようにして過ごしたのだ。
この人を見よ』は、ニーチェが、自分自身に対して捧げた、最高度に美しい遺言なのである。
わたしは人間ではない」と書いた直後のニーチェ、否、書いている瞬間のニーチェの表情を、私は見たくて堪らない。
彼の魂が明滅させていた激烈な色彩は、一体何色であったのか?
それは、太陽と同じ黄金色に相違ない。
そして、この文章の後に、彼はこう続けている。
わたしはダイナマイトだ」と。
このような哲学者が、これまでどこにいたであろうか?
自分自身をダイナマイトと化して、思考しようと欲する天才が。
ニーチェは、おそらく、ロックと本質的な連関を持っている。
ニーチェとは、革命的なロック歌手以外の何か?
ニーチェは歌を歌っているのである。
およそこれほど美しい歌が存在したであろうか?
イエズスがこれを耳にすれば、涙を流さずして他に何をするか?

ニーチェの文体はナルシスに没したものではない。
彼はディオニュソス、すなわち酒神であり、舞踏神である。
例えば、本来、大抵の平凡な作家たちは、自作に対するインタビューを求められると、謙遜したり、笑みを浮かべながら軽快さを装ったりする。
しかし、ニーチェにはそんな作法は存在しない。
ニーチェ的作法とは、こういうものである。
実際に、彼は『ツァラトゥストラ』を何故書いたのか?という質問に対して、こう答えている。
それも、極めて平然と。

 

彼がわたしを襲ったのだ……(p136) 



したがって、『ツァラトゥストラ』は、ニーチェの著作ではない。
それは正真正銘、ツァラトゥストラが書いたのである。
しかし、書く主体はあくまでニーチェである。
これは論理的に矛盾している。
これがニーチェの文体の本質なのである。
すなわち、彼は犯罪的なまでに飛躍するのである。
飛躍、というような優しいものではない、それはほとんど闘争的な「飛翔」である。
彼は、ツァラトゥストラを憑依させて書いている。
彼は、ツァラトゥストラに「なる」。
これがニーチェの俳優論であり、同じことだが、魅惑的な仮面論である。
ボルヘスは、ニーチェを一言のもとに論駁した。
「この偉い哲学者は、確かに偉大だった。だが、彼は存在していない」
つまり、ニーチェには「仮面」のみが存在して、素顔がないというわけである。
ニーチェは天才的な俳優であるが、彼は自分自身がどういう性格なのかを知らない。
何故なら、「演技」が常態だからだ。
彼は死ぬまで演技し続けていたのだ。
これは彼の魂の最大の特質であり、同時にそれが最大の苦悩であった。
したがって、『この人を見よ』の副題は、「ひとはいかにして本来のおのれになるか」になる以外なかったわけである。

 

ついでにわたしの文体の技法について、ひとこと一般的なことを言っておこう。パトスをはらんでいるひとつの状態、ひとつの内的特徴を、記号の連鎖、ならびにそれらの記号のテンポによって伝達すること――これが文体の意味である。(p85)



パトスを孕むこと」、すなわち、魂を猛り、狂わせること。
そして、記号の連鎖的な「テンポ」――音楽的な表現だ。
これがニーチェにとっての、彼自身の「文体」の定義である。
実に明快だ。
簡単にいえば、「喜怒哀楽に従順であれ!汝の信じることを組曲として観衆に放射せよ!」であろう。
そして、ニーチェはこの後、「身ぶり」という言葉にルビをふっている。
つまり、感覚を生み出すためには、「俳優」にならねばならないわけだ。
俳優になるためには、役柄が必要、そう、「仮面」が。
ニーチェは少なくとも三つの「役柄」を持っていた。
一つ、「ツァラトゥストラ」。
二つ、「ディオニュソス」。
三つ、「アンチ・クリスト」。
ニーチェはこれらの役柄を組み合わせ、俳優的なキマイラとなって歌劇の舞台上で華麗に振舞い続ける。

次に、ニーチェの「戦闘論」について若干、述べてみる。
ニーチェは常に強敵を選んだ。
そして、敵と常に対等であることが、決闘の作法であると述べている。
ニーチェは自身を「戦闘的な哲学者」であると規定している。
本書で彼は、イエズスというよりも、キリスト教全般に対して対決を試みている。
否、そうではなくて、「対決する戦士」という役柄を半ば楽劇的に演技しているのだ。

愉快であるのは、ニーチェが愛する女性のタイプである。
これは非常に興味深い部分であり、ニーチェの性格が強く表われている。
以下を見よ。
ニーチェはどんな女に惚れるか?

 

女という女はわたしを愛する――いまさらのことではない。もっとも、かたわになった女たち、子供を産む器官を失った例の「解放された女性群」は別だ。――幸いにしてわたしは、八つ裂きにされたいという気はない。完全な女は、愛する者を引き裂くのだ……わたしは、そういう愛らしい狂乱女(メナーデ)たちを知っている……ああ、なんという危険な、足音をたてない、地中にかくれ住む、小さな猛獣だろう!しかも実にかわいい!(p88)



要するに、ニーチェは狂乱女に惚れ易いのである。
男という男を誑かし、誘い込み、彼らをことごとく破滅に追い込み、自らも悲劇的な末路を遂げることを希求するような、熱狂的かつ闘争的な、ディオニュソスの巫女を。

では、ニーチェに質問してみよう。
「愛」とは何か?
ニーチェは何と答えるか?

 

 ――わたしがかつて愛にたいして下した定義を誰か聞いた者があったろうか?それは、哲学者の名に恥じない唯一の定義である。すなわち、愛とは――戦いを手段として行われるもの、そしてその根底において両性の命がけの憎悪なのだ。(p89) 



素晴らしい定義である。
愛は戦闘の一形式であり、それ故、命懸けのルサンチマンである。
男と女が愛し合うとは、常に戦闘というより、巨大な戦争である。
その力は憎悪である。
愛から溢れ出る巨大な憎しみである。
これは簡潔に男女関係の仲を伝えていると思われる。
しかし、私はこれにそれほど賛同しない。
この先に書くべきことがまだ残っているはずだが、ニーチェはそれを書いていない。
どこにでも「愛は狩猟よ」などという台詞をいう女性がいるが、ニーチェもそういうタイプである。
しかし、彼が実際にバイロンのようにそれを実践したのかというと、決してそうではない。
むしろ彼は内気で温厚に振舞っていた。
つまり、「本の中のニーチェ」と「実際のニーチェ」は別人なのである。
これは研究者の間でも広く知られた事実である。

ニーチェは貴族主義者ではない。
彼は、高貴な貴族であるのなら、没落する必要性を強調する。
しかし、彼は没落貴族を愛しているわけでもないことに注意せよ。
重大なのは、ニーチェが、没落していく「運動」、その没落への「」に強烈な美を見出している点なのである。
ニーチェは、先天的な階級理論者である。
彼の魂は、人間を判別するとき、まずその魂が「貴族(ジャンティヨン)」か「賤民(カナイユ)」であるかを見極める。
どれほど名誉ある学職に就いている知識人であれ、上っ面だけの非力な「教養俗物」である可能性は高いのだ。
現代における典型的な教養俗物のモードとは、例えばフッサール現象学をコミック、アニメ、ライトノベルなどの低級文化に応用させて論じるような類の人種とされる。
この点で、ドゥルーズの横断的なB級文学趣味などは、ニーチェから間違いなく糾弾されるであろう。
ニーチェはどこまでも一本筋が通っているわけである。
ニーチェはある種の「品格」を我々に残したのだ。
この「品格」、正確には「貴族的品格」こそ、二十一世紀を生きる我々青年たちが、相続すべきものなのだ。

しかし、私は基本的に文化にはヒエラルキーは存在しないと考えている。
例えば、誰が見ても下らない陳腐なコミックがあるとせよ。
その下らないコミックを創造したのは、人間の自由意志である。
しかし、神の「最善世界」のために、その下らないコミックもやはり必要不可欠である。
ライプニッツの予定調和説に依拠すれば、この世界に存在する全てのものには、存在している神的な意味があるからである。
だから、「こんな低劣なコミックばかりを、二十五歳にもなって読むなんて愚劣極まる」などということは、不可能である。
何故なら、神はその低劣なコミックが生み出されることを認可したのであるから。
そして、私はいっておくが、神にとって、文化に「低級」も「高級」もないのである。
無論、カトリックは「信仰へと導く霊的なる読書」を推薦しているし、実際に要理にも、「下らない低級文化には関与すべきでない」などと記されている。
だが、神があるコミックAは評価し、Bには鉄槌を下す、などということが果たしてあるであろうか?
それらは全て、被造物であるという点で、神的次元では同一性原理に帰属する。
したがって、人間が生み出す全てのものは、神にとっては「一(ユニオン)」である。

私の態度は、どちらかというと、現在はドゥルーズに近い。
高校時代や、卒業して一年目辺りは、ニーチェのように「貴族的文化」を称揚していた。
しかし、それこそがニーチェも忌避した「教養俗物の権威的定住(ノモス)」ではないのか?
むしろ、現代にニーチェが生きているのなら、こう叫ぶはずだ。

 

「諸君に私は宣告する。あらゆる文化を横断せよ!そして、いかなる定住も己に許すな!何故なら、現代はノモスではなく、ノマド(遊牧)の時代であるから!」



遊牧機械が生まれる瞬間の、「」が大切なのだ。
定住民族ではなく、コミックから現象学へ、現象学から量子力学へ、量子力学からRPGへ、RPGから地質学へ、地質学から純文学へ、純文学から映画論へ、映画論からライトノベルへ、ライトノベルからネオ・バロキズムへ…。
このように、常に文化の多次元空間を脱領土化しつつ、自己を「遊牧機械」化させることこそ、最高の「」への意志であり、現代のニーチェが我々に教えることに相違ないと私は確信する。

 

 

 

 




 

古典ギリシアの精神―ニーチェ全集〈1〉 (ちくま学芸文庫) 古典ギリシアの精神―ニーチェ全集〈1〉 (ちくま学芸文庫)
(1994/05)
フリードリッヒ ニーチェ

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洗礼後の新しいニーチェをデザインせよ

私が洗礼を受けたのは、2008年の3月23日であった。
上記で「アンチ・クリスト」についてのレジュメを残した時期からは、ちょうど一年になる。
ニーチェに対して、私は自分なりの接近を試みてきた。
高校時代から洗礼前までは、主として彼を「詩人」として読んできた。
だが、『ギリシア人の祭祀』を読んでいるうちに、私の中でニーチェのデザインが激変した。
ニーチェは、詩人である以前に、まずは「仕事」として「古典ギリシアの専門家」だったわけである。
いわば、今まで不当に私自身が無視してきてしまっていた「初期ニーチェ」を再評価しようと考えたのである。
この転回は正しかったようだ。
というのも、極めて特異なテクストを見出せたからである。
それは、端的に示されている。

 

 

およそヌメン(聖意)は、何か秘められた仕方においてのみ、神像のうちに活動するもの且つ場所的に封じ込まれたものとして出現するものである。
私は繰り返していおう。
最古の神像は、神を宿し(bergen)ながら、同時に神を隠す(verbergen)ものであって、けして神を見せ物にするものではない、と。 (『ギリシア人の祭祀』)



ニーチェは、最古の宗教形式を、「樹木崇拝」と「蛇崇拝」に見出している。
「蛇崇拝」について、若きニーチェはスパルタ王クレオメネスの「磔刑」の伝説的なエピソードを我々に紹介する。
彼は十字架上で、その骸に大量の蛇を巻きつかせていたという。

私が注目しているのは、彼の概念である「神を宿し、同時に隠す」という操作子だ。
彼は引用部分にもあるとおり、それを最古の神像(≒木像)に見出している。
木像とは、物質的なマテリアである。
「神を宿し、同時に隠す」というのは、どこか旧約時代の「隠されたる神」を彷彿とさせる。
初期ニーチェの、この重要な学問的視座は重要である。
晩期ニーチェは、いうまでもないが、キリスト教の神を抹消して、我々の超人たるツァラトゥストラを立てる。
ツァラトゥストラは異郷の神であり、西欧文明をディコンストラクトする強力なシステムの詩的象徴である。
しかし、ニーチェのキリスト教に対する「宣戦布告」が、最も神秘的な形式で表現されているのは、おそらくこの『ギリシア人の祭祀』においてである。
ニーチェは、神を殺そうと計画したわけだが、どこかで「神は殺すことができない。むしろ、神は隠されているのだ」と感じていたのではあるまいか?
彼がフランスのカトリックの文物に憧憬を抱き続けたというのは重大なトピックとして知られている。
若きニーチェの詩には、明らかにイエスへの愛を謳ったものもある。
しかし、ニーチェは時代の空気を吸ったのであり、その空気に対するキリスト教のチグハグさが赦せなかったのだ。
ニーチェは神を殺したのではなく、むしろキリスト教の神を、「隠す(verbergen)もの」として再規定したのである。
隠された神は、ツァラトゥストラに再度受肉する。
すなわち、異郷の神に「宿す(bergen)」のである。

ニーチェはまた、ディオニュソスを狂乱的な酒神として一方的に讃歌していたわけではない。
彼は、ディオニュソスをなんと「おだやかな優しさをも思っていた神」として肯定的に解釈している。
ニーチェはディオニュソスにはとりわけ慎重な態度を取っている。
若きニーチェには、どこか不穏なところがあるが、テクストはむしろ、非論理的な中期、晩期の傑作と比較して、「読みやすい」学問的整合性で統一されている。
私は、若きニーチェをこそ読むべきだと感じる。