メアリ・ウルストンクラフトの再評価
 
フェミニズムの古典と現代―甦るウルストンクラフト フェミニズムの古典と現代―甦るウルストンクラフト
(2002/03)
アイリーン・J. ヨー、

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「宗教心のないところに真の感情は存在しない」

ウルストンクラフトはコーネルに「大文字の父」を更に概念化している、と批判される気がする。
というのは、このフェミニズムの創始者と呼ばれている女性は、「夫」の父権制を批判しても、「神」という「大文字の父」にはあくまで忠誠を尽くすからだ。
これでは概念的にスライドしているだけであり、コード的には同軸上に位置しているに過ぎない。

だが、ウルストンクラフトの再評価に関する本書に収録されたある小論を読んでいるうちに、私はデリダの「パレルゴン」のジェネアロジーの始祖に、少なくともウルストンクラフトが位置していることを見出した。
これは極めて有益な発見であった。
やはりデリダは現代思想において稀有なフェミニストであった。
ウルストンクラフトが、「支配者/奴隷」という植民地的な枠組みを用いて、女性を救済・復権しようとする時の運動は、まさしくデリダが余白へと追放されたヘーゲルの「序文」や、絵画上でのパス・パルトゥー(額縁)に新たなコレオグラフィを見出すのと、完全に姉妹関係にある。
要するに、彼女にとってのパレルゴンとは自身の性と同じ「女性性」だったのであり、これはパレルゴンの学としてフェミニズムに新しい視座を与えることにも繋がるかもしれない。
いずれにせよ、現代を生きる全ての青年にとって、フェミニズムと現象学を徹底的に学習し、それを発展させることは至上の責務に他ならない。




さて、私が現在課題としているのは、現代文学と現代思想を相互に分断させるべきか、というものだ。
先にも記したように、私の課題は現象学・フェミニズム・キリスト教神学の三位一体的な研究と、「女性性」の評価である。
デリダやシクスーのように、多性的な文体を駆使すべきであろうか?

私の今の感触を具体化すると、フェミニズムとは「新しい人間」へのある種のメシアニズムに近い学問だと思われる。
例えば、生物学的決定論を捨象する理論的基礎に、フッサールの「エポケー」やデリダの「テクストの外には何も存在しない」といった戦略素を用いること――実はこれは既にフェミニズムのアポリア系の一つであると考えている。
というのは、「私は女性である。私はしかし、女性的な要素を社会/文化から賦与されることを拒否する」と述べたとして、彼女の外見はやはり「女性」の身体として我々の眼には映るわけだ。
とすれば、フェミニズムの次元とは最初から「テクスト」なのであろうか?
確かに、テクストであれば性差の新たなコレオグラフィを模索・発展させるにおいて、自身の生物学的性差はほとんど影響力を行使しない。

常に感じるのは、私が「私は女性である、ということをジェンダーという概念から教わった一人の生物学的男性である」という事実である。
テクスト次元においては、私は「女性」である。
これは私が学習してきた全ての学問領域の最果てにして最初に位置する命題である。
とすれば、私はテクストの問題、言語の問題としてフェミニズムに新しい可能性を見るべきなのか。
フェミニズムとは「新しい文体」の学であろうか?(これは文学的なレヴェルにおける問いである)

いずれにせよ、際立って重大なことは、デリダの「余白」の概念とコーネル、シクスー、ウルストンクラフトといった、少なくとも私が触れてきたフェミニストたちに共通して見られる「パレルゴン救済観」である。
余白は救済されねばならない。
何故なら、それは迫害され、権力構造に支配されているからだ。
フェミニズムをコード分解して見えてくるのは、「エルゴン/パレルゴン」というディコトミーの主従関係に他ならない。
このような新しい奴隷制ともいうべき現代社会の様々なシステムにメスを入れるのが、フェミニズムから我々が学習すべき課題である。
すなわち、フェミニズム的視点とは、あらゆる世界把握の基礎である。




Mary Wollstonecraft

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

(英:Mary Wollstonecraft、1759年4月27日-1797年9月10日)は、イギリスの社会思想家で、作家、フェミニズムの先駆者である。主著『女性の権利の擁護』(A Vindication of the Rights of Woman)を代表として、複数の啓蒙的な著作で、男女の同権、教育の機会均等等を提唱し、女性なる存在のありようについて考察した。

「誕生と家族」

1759年、グレートブリテン王国の首都ロンドンで、イングランド系アイルランド人の家庭に、六人の子供の第二子として誕生。父エドワードは、専制君主的な人物で、メアリの母や家族に対し暴力をふるい、威圧的な態度で接する。エドワードは豊かな財産を相続したが、無益な事業に浪費し、イギリスを転々とする。
1778年、19歳でメアリは自活するため家を出る。
1780年、母エリザベスは病気で死亡。
1783年に、メアリは重病の姉妹イライザを看護し、乱暴者の夫から助け、離婚が成立するまで匿う。メアリとイライザたちは学校を設立。
1787年、『少女の教育についての論考』(Thoughts on the Education of Daughters)という162頁のパンフレットを執筆する。この著作はメアリに利益をもたらし、彼女は文筆で身を立てることを決意。

「作家ウルストンクラフト」

1787年、メアリ・ウルストンクラフトはロンドンに移り、彼女の本の出版者であり、急進的書籍を企画していたジョゼフ・ジョンソンに会い、作家として生計を立てる決意を述べ、ジョンソンはこれを歓迎する。メアリは多数の小編、翻訳、抄訳、等を執筆する。
1788年、ジョンソンが雑誌『分析的書評』(Analytical Review) を創刊すると、メアリは雑誌の常連投稿者となる。また、ここより、当時のロンドンにあった、知識人と急進的思想家たちのサークルに受け入れられる。
1789年、30歳のメアリは全力を尽くして激しい仕事をこなすと共に、困窮した父親の面倒を見、姉妹たち、兄弟たちのため、生活の手段や社会的地位の確立に惜しみない援助を行った。また彼女自身、亡くなった友人の遺児で、7歳になる子供の面倒を見ていた。

「フェミニズム思想」

フランス革命に対し否定評価を与えたバーク(Edmund Burke)に対し、メアリは反論を書くが、それは多くの人を魅了した。メアリは更に多くの論説を記し、当時、「人間の権利(the Rights of Man)[註 :「男性の権利」の意味を英語では含む] 」についての多くの議論が成されていた。

1792年、『女性の権利の擁護』を執筆出版した。
随筆家ホレース・ウォルポールは彼女を、「ペティコートをはいたハイエナ」と呼ぶなど批判した。


「パリ、失意と自殺の試み」

メアリ・ウルストンクラフトはスイス生まれでイギリスで活躍中のロマン主義の画家ヘンリー・フューズリ(Henry Fuseli; 元はドイツ語でヨーハン・ハインリヒ・フュースリー Johann Heinrich Füssli)に恋をするが、妻帯者であるフューズリへの思いを断ち切るためと、目下進行中のフランス革命の様子を観察するために、単身イギリスを去りフランスの首都パリへ渡る。

1793年、パリでアメリカ人ギルバート・イムレイ(Gilbert Imlay)と恋に落ちて同棲生活を始めるが、自分が経済的に支えていた父親や多くの兄弟姉妹への負担を避けるため、敢えて結婚は選択せず。君主国家イギリスの女を攻撃しかねない革命主義者たちから身を守るため、パリではイムレイ夫人(Mrs. Imlay)の名を自称。
2人の間に娘が生まれ、ファニー(Fanny)と名づける。イムレイは北欧での事業の代理者を求め、内縁の妻であるメアリがその役割を引き受けてパリを発つ。スウェーデンとノルウェーでメアリが受け取ったイムレイ手紙はひどく冷淡なものであり、イムレイにに見捨てられたことを覚る。

1795年10月、ロンドンに帰ったメアリは激しい雨が降る晩、ロンドン西郊パトニー橋(Putney Bridge)からテムズ川(the River Thames)へと投身自殺をはかるが救助される。

「結婚そして死」

1797年、メアリは、恋愛や結婚を否定することで有名であった、無政府主義の哲学者ウィリアム・ゴドウィンと結婚した。結婚を共に否定して来た二人は、教会で結婚式を挙げた。同年8月10日 ロンドンで、娘メアリ・ウルストンクラフト・ゴドウィンが生まれた。同年9月10日、38歳で産褥熱のため死亡。
娘メアリ・ウルストンクラフト・ゴドウィンは、後にロマン派詩人シェリーと結婚し、『フランケンシュタイン』の作者と有名。


「思想」

メアリ・ウルストンクラフトの思想は、彼女が受け入れられ、或は友人として、また先達として彼女が交際した多くの知識人や進歩的思想家たちの影響にあったとも言える。

プライス博士との友情を通じて彼女が知り合った人々には、ジョーゼフ・プリースト、トマス・ペイン、ロマン派詩人であり、フランス革命の讃美者でもあったウィリアム・ワーズワース、サミュエル・テイラー・コールリッジ、ウィリアム・ブレーク、そして後に彼女が結婚することとなる、ウィリアム・ゴドウィン等がいた。

メアリの思想は、フランス革命を契機として表されたエドマンド・バークの文書に対する批判として形を取った。彼女は、『人間の権利の擁護』(A Vindication of the Rights of Men)を著し、機会の均等に基礎を置く社会のヴィジョンを提示した。

彼女が描いた社会では、悪弊に満ちた上層階級の特権は否定され、個人の才能こそが、成功の必須条件であるとされた。盟友トマス・ペインも、メアリに遅れること数ヶ月、同様の主張のもと著作を発表した。とはいえ、二人は、英国社会の秩序を紊乱する者として批判され、否定された。然しメアリはこれに留まらず、かつて語られたことのない主題である、女性の権利に関する論説の執筆に全力を尽くすことを決意した。


『女性の権利の擁護』 1792年

「女性の権利」

こうして、1792年に『女性の権利の擁護』が完成するが、それは部分的には、『エミール 』(1762年)において、少女に対する教育は、少年のそれとは別であり、少女を従属的で従順な者へと馴致する教育が望ましいとしたジャン・ジャック・ルソーに対する反論でもあった。彼女は、『人間の権利』で論じた機会の平等が、無条件で女性に対しても適用されることを主張した。

メアリ・ウルストンクラフトは、ユダヤ・キリスト教的文化伝統に於ける、独立道徳主体を持たない女性、従順に夫に依存する女性の像に疑問を投げかけた。彼女は、人間における「不可譲の権利」(inalienable rights))が、当然ながら、女性に対しても与えられるべきであることを主張し、男性による、社会的・政治的な女性価値判断における二重規準を断罪した。メアリ・ウルストンクラフトはその著書で述べる。

わたしは、みずからのかたく信じてやまないところを述べる、すなわち、女性の教育と礼儀を主題として扱った著作家たち-ルソーからグレゴリー博士に至るまでのすべての人々が、女性なる存在を、彼女ら自身が本来ある姿よりも、人工的で、脆弱な性格を持つ存在であると見做し、このような間違った女性像の更なる流布に加担し、結果的に、女性なる存在は社会の成員として無価値に等しいという誤謬を広めたのだと、宣言する。
彼女は、すべての人は、男性、女性、子供に関係せず、独立精神に対する権利を持つことを、大胆に宣言した。女性が妥当な教育を受け、男性と同等な立場で労働する社会を描写した。男女の同権、機会の均等、教育を通じての女性の地位の向上、女性なる存在の社会的存在としての価値の称揚と道徳的責任主体の確立をウルストンクラフトは主張した。当時としては、あまりにも先進的な展望であり、主張であった。


「代表著作一覧」

[1] Thoughts on the Education of Daughters: With Reflections on Female Conduct, In the More Important Duties of Life (1787)
[2] A Vindication of the Rights of Men: With Strictures on Political and Moral Subjects (1790)
[3] A Vindication of the Rights of Woman: With Strictures on Political and Moral Subjects (1792.5)
[4] An Historical and Moral View of the Origin and Progress of the French Revolution; and the Effect it Has Produced in Europe (1794)
[5] Letters Written During A Short Residence in Sweden, Norway, and Denmark (1796)
[6] Maria, or the Wrongs of Woman (1798, Posthumous)

「邦文書籍」

[3] 翻訳: メアリ・ウルストンクラフト 『女性の権利の擁護―政治および道徳問題の批判をこめて』 未来社 ISBN 462450027X
[6] 翻訳: メアリ・ウルストンクラフト 『女性の虐待あるいはマライア』 あぽろん社 ISBN 4870415410
アイリーン・J. ヨー 編 『フェミニズムの古典と現代―甦るウルストンクラフト』 現代思潮新社 ISBN 4329004186
フランシス シャーウッド 『紳士たちに挑んだ女―メアリー・ウルストンクラフトの生涯』 新潮社 ISBN 4105312014
クレア・トマリン 『メアリ・ウルストンクラフトの生と死〈 1 〉』 勁草書房 ISBN 4326651059
クレア・トマリン 『メアリ・ウルストンクラフトの生と死〈 2 〉』 勁草書房 ISBN 4326651067
十辺千鶴子 『世紀末ロンドンを翔んだ女-メアリ・ウォルストンクラフトを追う旅』 新潮社
安達みち代 『近代フェミニズムの誕生-メアリ・ウルストンクラフト』 世界思想社 ISBN 4790709485